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2011年09月09日

クソゲーのしくみ


ども。
夏休みにプレイしたゲームの感想を書こうと思ってたんですが、最後の1本がまだ終わってないので、それは次回にでも。久々にゲームにハマったって感じ。1番ハマったのがバイオハザード4!(超いまさら)。ヤベえっすこのゲーム。バイオ祭りですよ。さすがカプコンですよ。私の脳内球場で、100万人(推定)のふうのしんがスタンディングオベーションですよ。カプコンに今すぐ菓子折りを持ってお礼に参上したいところですが、住所がわからんので断念!!(なぜかハイテンション)。人には古いゲームばかり勧めておいて、自分は新しいゲームに興じているという背徳感がたまりませんな(バカ)。




いやね、バイオ4、ファミ通で38点ついてたんで、面白いってことはとっくにわかってたんスよ。でも、カメラ視点から一人称視点に変更されたらしいから、ずっと敬遠してたの。昔書いたけど、メダルオブオナーっていう戦争ゲームで3D酔いが辛かったから。なぜかバイオ4は酔わなかった。不思議。


まあいいや、とりあえずそれは今度ということで。
今回はファミ通のクソゲー記事をとりあげさせていただきました。過激でインパクトがあった記事だったから、当時からファミ通読んでいる人なら絶対覚えてると思います。読んでいた人は懐かしみながら、知らない人は勉強になるネタだと思います。















ファミ通1996年6月28日号(通巻393号)クソゲーのしくみデラックスより




















決算が間近
まず知っておくべきことはゲームソフトとは、メーカーにとって経営を維持するための商品だということ。だから、3月末の決算期には目標とした売上げを満たすために大量のソフトが発売されたりもする。こういった場合、納期に間に合わせるスピードが最優先されるため、ゲームの内容や質は見落とされがちである。












ヒマしてる人たち
これから作ろうとしているジャンルのゲームに適したスタッフを集めるのではなく、そのときたまたま手の空いているスタッフを集めて作ってしまうのである。












人気のあるマンガの版権
ある程度世間で人気のあるマンガや、アニメのキャラクターを使ったゲームなら、ゲームとしてはヘボくてもファンがキャラクターグッズとして買ってくれるので、一定数の安定した売上が見込めるのだ。さらに初回限定で特典などがついていると、マニアは必ず買ってしまうので、ますますメーカーの思うツボである。












マスターアップまで4ヶ月
デバッグも含めて、1本のゲームをたったこれだけの期間で作ってしまうのです。もちろん質は・・・。












なんだこの機材
資金不足などで開発スタート時、まだ機材が揃っていないときなど、アニメのパターンを見る場合などに、実際にマリオペイントで作業することもあるという話も・・・。









テキトー〔適当〕
度合がちょうど良いようす。ある性質、要求などにちょうど良く合うこと・・・。と、辞書には載っている。が、こんな正しい意味でこの言葉を使っているのはいまや国文学者ぐらいなもので、クソゲー制作の現場においてはもちろん、いいかげんかつ、投げやりな意味でこの言葉が頻繁に使われていることだろう。










いいアイデアがあります
たとえば開発中にいいアイデアが浮かんだとする。そのアイデアをゲームに盛り込めばゲームがもうちょっと面白くなる。しかしその作業をするために開発期間がひと月でも延びれば、人件費が余計にかかる。そのぶんソフトをもっと売らなければならないし、そしてこの場合決算にも間に合わない。そうなればちょっとしたアイデアなどはこの際、シカトされてしまうのである。












仕方ないんだよ
もちろんゲーム開発者たちはクソゲーを作ろうと思って作っているのではない。ゲームに愛も情熱もあるのだ、いや、あったのだ。それがやがて納期に追われ、質の向上を図れなくなり、経営者や営業にも口を出され、思うものが作れずゲームへの愛がだんだんと薄れていってしまうのだ。そうして会社というシステムに飲み込まれてしまった彼らは、新橋のガード下の飲み屋でウメチューハイを飲みながらこう言うのだ・・・。「仕方ないんだよ」。













どースか、社長?
企画も開発も必死でよいゲームを作ろうとしているのに、社長などの経営陣から途中で横槍が入ることがある。それもゲームのことをよくわかっていないとんちんかんな指摘が多いようだ。上司の言うことなので言われるまま直しを入れるが、その途端にへんなゲームになってしまうことも少なくないとか。


紫がいい
どうかしてるとしか思えないが、ホントに土壇場でこういうことを言う人がいるそうです。















〜みたいな
経営者にとって、売れるかどうかわからない斬新なゲームよりも、ユーザーの食いつきがよさそうなヒット作を真似た柳の下のドジョウソフトのほうが、ある程度の売上げを見込めるぶん魅力的。またプランナーの発想が貧困な場合なども、どうしてもどこかで見た〜みたいなゲームになってしまいがちである。


作り直すんだな
アクションゲームだったものを流行にのって格闘ゲームにさせたり、いままで2Dで制作が進んでいたゲームを、突然3Dにしろ、なんていって作り直させたりと、ゲームをよくわかっていない上司の無茶なお願い(命令?)のおかげで、ゲームがどんどんムチャクチャになっていくことも多いという話だ。


このバグぜんぜん取れない
ある場面でどうしてもキャラクターがバケる、とか一瞬音が消える、などのゲームの進行にさして影響のない程度のバグで、発売までにどうしてもデバッグできないという場合は、そのまま出荷されてしまうこともあるらしい。なかにはゲームの進行に重大な影響を及ぼすバグがあるまま、ユーザーの手に渡ってしまったゲームもひょっとしたら1本や2本あるのかもしれない・・・・・。












逃げやがった
ゲーム制作上、なんといっても最高にシャレにならない事態。それが開発者のバックレ。なんともヒドイ話だが、けっこうある話らしいのだ。開発中に煮詰まったり、訳がわからなくなったりしていなくなってしまうのだろう。で、とりあえず誰かが後を継ぐのだが、人が途中まで作って訳がわからなくなった物など、他人がわかるはずもなく、立派なクソゲーとして世に誕生するのだ。










外注
自分のブランド名でソフトは売るが、実際の作業を外部のプロダクションにまかせる場合も多々ある。こういった、人がいなくなった部分の穴埋めで外注に頼む場合もあるし、1本まるまる外注に作らせる場合もある。外注のプロダクションによってはメーカーよりもさらに仕事でやってます、的な色合が強くなり、必要(報酬)以上のことはしてくれないこともある。ギャラのよい大メーカーの仕事はキッチリやるが、小さなメーカーの仕事は多少手を抜いたりとか、ギャラをさきに全額渡したときなど、もらうものをもらえばこっちのもの、という感じで手抜きゲーを作ってこられた、という話もあったりする。


大丈夫かよ
おそらくゲーム制作に携わっている人なら、こういった大丈夫ではない場面に何度か遭遇しているだろう。でも何回か経験しちゃうと大丈夫になってしまうものなんだよね。












よくわかんねえけど
ゲームのことってよくわかんないんですよ、と平気で言ってしまうメーカーの営業や広報もなかにはけっこういたりする。全然違うことをやっていた人が営業に引っ張ってこられたり、ほかの会社が作ったゲームの版権を会社が買ったので、なんだか得体の知らないまま売って歩いたりと、理由もさまざま。自分の所の会社のゲームを、ほとんどプレーしたことがない、という人もいる。しかし、いま自分が売ろうとしているゲームがクソゲーということがわかっていても、営業としてそれを売らなければいけないのだ。








ベガス行くから
メーカーにとっては、ソフトが実際に店頭でどれだけ売れたか、というよりは問屋に買ってもらった時点でもうすべては終了しているのである。問屋の倉庫に品物が入った時点で、あとはオーケー。ベガスでもなんでも行っちゃうわけですな。












続編作ってよ
問屋さんもやはりゲームのことをよくわかっていない。そこで彼らが望むのは、必ず売れることがわかっている大作ソフトの続編。これなら、内容がどうこう、というわかりにくいものよりも、前作が売れた、というわかりやすい数字の結果があるから安心して商品を仕入れられるのだ。


優先的にソフトをまわす
問屋としても売れ線のソフトは押さえておきたいので、こういった取引にはどうしても応じてしまいがちだ。そしてこの流れはこのまま問屋と小売の間でも行われる。誰もがクソゲーとわかっているゲームが、結果として店頭に並んでしまうのだ。















思い出したでしょ(笑)。これ面白かったね。というか、マンガ中の「母乳戦士くせっ毛ララバイ」が気になる。エンターブレインで作ってくれないだろーか(笑)。コーズケが可哀相ですなあ・・・。こういう人って実際多いのかも。太宰治が言ってましたっけ。「大人とは、裏切られた青年の姿である」と。まったくそのとおり。がんばれコーズケ!! 痛みを避ける賢さより、痛みに耐える強さを身につけるのだ!!っと、どこかで頑張っているコーズケにエールを送ってみる。














クソゲーの起源は?
クソゲーは造語である。汚い言葉だが、「クソゲー」の「クソ」は「クソのような」、「クソの役にも立たない」などで使われるうち、否定的な意味を強めたり、最低のレベルを表す単語。それと「ゲーム」の略である「ゲー」が組み合わされた言葉である。誰が言い出したかは不明だが、ファミコンが発売されてからおよそ1年後には、けっこう頻繁に使用されていたことは確かだ。








ユーザーはどう思ってんの?

ファミ通が秋葉原で125人にクソゲーのアンケートを行ったもの(1996年当時)。




設問1 どんなゲームがクソゲーだと思いますか?



やはり多くの回答数を得たのは、自分にとってつまらないゲーム。そして次に操作性の問題。続いてゲームバランスの悪さと、遊び手にとってもっとも重要な3要素が抜き出た結果となった。






設問2 クソゲーはどうして生まれると思いますか?



メーカーに言わせれば、「事情も知らないくせに…」と怒られそうだが、この質問では制作者側の技術不足問題が多くの回答を得た。また、ゲーム制作をお金儲けの手段としてしか考えていない、メーカー経営上位陣がゲームを理解していないなど、制作者側にすればつらい意見が多かったのだ。



設問3 印象に残っているクソゲーはありますか?

たけしの挑戦状
真・サムライスピリッツ
ビヨンド ザ ビヨンド
スペランカー
バハムートラグーン
闘神伝
10ヤードファイト
花の慶次〜雲のかなたに〜
北斗の拳
Jリーグスーパーサッカー
バンゲリングベイ
星をみるひと
キングスナイト
バードウィーク
ザ・ラストバトル
デイトナUSA
カラテカ
ファイナルファンタジー5
燃えろ!! プロ野球
スプラッターハウス
麻雀同級生スペシャル
長靴をはいた猫
アキラ
アーク・ザ・ラット
ジーコサッカー
ガイア幻想紀
超魔界村

など。
個人によって意見がバラバラなので懐かしいものから新作まで出るわ出るわ。ユーザーにしてみれば、「期待が高かっただけに、ちょっと残念だった」というソフトがほとんどを占めていたみたいだけどね。












専門学校生はこう考える

都内のゲーム専門学校生140人に同様のアンケートを行ったもの。このとき20歳と仮定すると、現在は35歳くらい。私と同世代ですな。




クソゲーとは










週刊ファミ通30人に聞く










メーカー側の考えは?

メーカー200社に以下の2つの質問をぶつけてみたぞ。



Q1 クソゲーとはどんなゲームのことですか?

1位 つまらない、面白くないゲーム(13.5%)
2位 操作性が悪いゲーム(9.5%)
3位 難易度などのゲームバランスが悪い(7.4%)
4位 価格と満足度のコストパフォーマンスが悪い(6.1%)
4位 バグが多い(6.1%)
6位 制作者のひとりよがりが目立つ(5.4%)
6位 キャラクター人気に頼りすぎている(5.4%)
6位 コンセプトが明確でない(5.4%)
6位 ストレスや不快感を感じる(5.4%)
10位 安易なマネゲー(3.4%)
その他(32.4%)



多少順位の変動こそあれ、ほとんどがユーザーの意見と一致しているぞ。そればかりでなく、ほとんどのメーカーが丁寧かつ真剣にクソゲーについて論じてくれたのだ。これほどクソゲーとは何かをよく考えていたとは、ちょっと意外なくらいだった。クソゲーの存在を認めないメーカーも少数ながらあったぞ。「ゲームをクソゲーと見るかどうかはプレーヤーによって千差万別」、確かに、遊ぶ側の主観の問題ではあるよね。「どんなゲームでも、長時間やりこめば必ず面白くなる!」。やり込む気が起きないゲームもあるってのが問題なんですけど・・・。

1位 つまらないゲーム
当たり前といえば当たり前だが、確かに納得できる考え方。「それがどんなに大作で人気があっても、ユーザーがつまらないと感じれば、ただのクソゲーに過ぎない」という、シビアなご意見も。もっとも、ではどういうゲームがつまらないか、という点に関しては、「プレーヤーによってさまざま」という形で、明確な答えを出さないメーカーが多かったのだ。

2位 操作性が悪いゲーム
これは、みんなもプレイヤーとして頻繁に感じることなんじゃないかな。「プレイヤーの感覚と画面のキャラクターの動作のあいだのズレが大きいほどクソゲー」。キャラが思ったとおり動かないのは、ストレスが溜まるんだよね。また、「意味不明のアイコンが並んでいて説明書を読まないと(読んでも)よくわからない」というのも、操作性の悪さの一例だろう。

3位 ゲームバランスが悪いゲーム
これも、ゲームを途中で投げ出すことになる一因なんだよね。「一般的に見て難易度が高すぎるゲーム」これは確かにクソゲーと呼ばれることが多い。具体的には、「経験値稼ぎがやたらと多いRPGや、絶対抜けられそうにない場所があるシューティング」、「CPUがハメ技を使ってくる格闘ゲーム」などが例に挙がった。





Q2 クソゲーが生まれる原因は何でしょうか?

1位 時間がない(12.4%)
2位 お金がない(8.8%)
3位 社長、部長など上司が悪い(8.8%)
4位 ゲームを金儲けの手段と見ている(7.3%)
5位 プログラムなどの技術不足
6位 企画が安易でつまらない(6.7%)
7位 メーカーとユーザーの認識が不一致(5.7%)
8位 制作者のひとりよがり&自己満足(5.2%)
9位 ゲームに対する愛情がない(4.7%)
10位 大作や流行に安易に追随(4.1%)
その他(29%)



1位 時間がない!
決算期に間に合わせるという、おもに経営上の理由。開発にとってこれが一番の無理難題で、満足のいくものが作れず、泣く泣く不十分な作品を出すことも多い。

2位 お金がない!
あまり大きなメーカーでない場合、予算が取れず、必要な機材や人員などを確保できないまま開発を行うこともあるらしい。その結果、時間不足になることも。

3位 上司が悪い!
社長が中途半端な知識から変なゲームを提案して、その企画がそのまま通ることも珍しくない。




メーカーに言わせると、クソゲーの要因は、「時間がない」、「金がない」、「上司が悪い」という、開発者に直接責任のない理由が大きいようだね。でも、5位の「技術不足」や、8位の「制作者の自己満足」、9位「ゲームへの愛情不足」は、明らかに開発現場の問題だぞ。11位以下のめぼしい理由としては、「優秀な人材が不足」、「デバッグ不足」、「原作やキャラクターに頼りすぎ」、「続編を偏重し過ぎる」などが挙げられていたぞ。なかでも目を引いたのが「クソゲーでも一定数は売れるという今の流通制度の責任」という意見。問屋や小売店、ひいてはユーザーに見る目がないからクソゲーが売れてしまうという辛口の意見だ。クソゲーがほとんど売れないとなると、メーカー側も慎重にゲームを作るようになるというのだが・・・。






結論 メーカー側も認識はしている
メーカーも、「1、クソゲーとは何か」、「2、クソゲーが生まれる原因」という2点についてはユーザーとほぼ同じ意見のようだ。今後は、そのクソゲーに対する認識を活かして、クソゲーと呼ばれないゲームを作るようがんばってほしい。





脱・クソゲー宣言!!


一、企画段階において、明確なコンセプトをたてずにゲームを作るべからず。

一、ゲームバランスが悪い、電源を入れて5分で涙の出てくるようなゲームを作るべからず。

一、安易なパクリ、二匹目のドジョウを狙ったゲームを作るべからず

一、アニメなどのキャラクターに頼りすぎた、内容の薄いゲームを作るべからず

一、システムやストーリーが練られていない、消化不良なゲームを作るべからず

一、良いモノは良いが、海外モノをやたらに移植乱発するべからず

一、クソゲーは出してほしくないけど、なるべく乳首は出してほしい(希望)。


以上により、クソゲー乱発の時代に終わりを告げたい!!












どうでした?
記事にもあったけど、「つまらない」とか「面白くない」とかってのはみんな違うから、クソゲーを定義するのは難しい。「つまらない」って、めっちゃ曖昧な言葉だよね。というか、最後の「脱・クソゲー宣言」って、現在も改善されていないものも多いですね。エンターブレインもファイアーエムブレムのパクリといわれたティアリングサーガ事件があったから、大きな声で言えないのかも。


「つまらないゲーム=飽きやすいゲーム」と考えてみたらどうだろ? ・・・いや、逆に飽きにくいゲームで考えてみましょうか。飽きにくいゲーム・・・中毒性の高いゲーム、もしくはリプレイ性に優れているゲームってことかしら。

そもそもゲームにおける中毒ってなんだろ? 私のゲームの歴史を振り返ってみると、ゲーム雑誌で「中毒性が高い」と表現されたはじめてのゲームはウィザードリィだったかと。その次だと、テトリスを筆頭とする落ちゲー。そして、トルネコ、シレンといったローグライクゲームとか。

リプレイ性に優れているゲームって、プレイするたびに何かしら「変化」があるゲームなんだよね。だから飽きにくい。ローグだったらプレイするたびにマップやアイテムが「変化」するから常に新鮮な気持ちでプレイできる。テトリスも落下してくるブロックが随時「変化」するから飽きがこない。落ちてくるブロックの順番が毎度同じだったら「なぞぷよ」になっちまいます。というか、対戦モノはリプレイ性に優れているものが多いよね。過程や結末が毎度「変化」するし、比較的短時間で勝敗が決するのもいい。そりゃプレイヤーの腕に差がありすぎれば毎度同じ結果になるでしょうけど。だから、対戦のできるゲームは飽きにくいかと(ゲーム内容、システム、操作性などは別として)。リプレイ性に優れているゲームの頂点にいるのが麻雀なんでしょうね。麻雀は強者=勝者になるとは限らない。どんな強者も運という突風には屈する。戦略性の高さに加えてギャンブル性も高いから何度やっても飽きがこないんすよね。




・・・えーと、結局、何が言いたいのかというと、クソゲーってのは、結局はプレイヤーの感性、主観的なものでしかないんです。だから難しいこと考えないで、プレイしていて苦痛を感じたり、ストレスが溜まったりしたゲームをクソゲーと呼称していいと思いますけどね。逆に面白いと思ったゲームでも、人によってはクソゲーだと主張され、傷つくこともあるかもしれない。そこは割り切りましょう。自分の意見を主張するのも大事なことですが、他人の意見を聞くことも大事です。ゲーテが言ってたじゃないスか。「人を知る最も良い方法は、その人が何を可笑しいと思うかを知ることだ」と。だから、気になった人がいれば、ゲームをやらせてみて、どのゲームが好きでどのゲームが嫌いかってことを把握すれば、おのずとその人のことが理解できることでしょう(たぶん)。ゲームも恋愛も白黒だけじゃないから面白いんです。

個人的にストレス最高ランクのクソゲーは、PSの「新・スーパーロボット対戦」でしょうな。大好きなレイズナーが参戦とあって、発売日に購入しました。でもこのゲーム、戦闘のたびに30〜40秒くらいロード時間があるんすよ。地獄でした。よくクリアしたと思う。PSの第4次スパロボの戦闘のロード時間が超短かったので、だまされちゃったのよね。ロボットがデフォルメされていないという、良いところもあったので、一長一短だったんだけど、その「短」の部分が致命的でした。ボイスは無いですが、ニンテンドウ64のスパロボ購入しとけばよかったです。レイズナー参戦してたし。あ、アニメのレイズナー観たことない人、オススメですよ。展開がアツイです。後半の北斗の拳的な世紀末な世界はいらなかったと思いますが(笑)。




クソゲーは必要悪でもあったと思うんです。クソゲーという比較対象、反面教師がいたからこそ、名作は光り輝いた。というか、名作って、試行錯誤でアイデアを出し、練られていないまま発売されたクソゲーがどんどん淘汰された末に生まれたといってもいいかもしんない。失敗は成功の元ということで・・・とフォローしてみる。

でもクソゲーって、当時はイライラしたものですが、いまではいい思い出になってしまうものなんですよね。老人が過ぎし日の名もなき幸福に目を細める感覚に近いのかも。大人はみんな、無邪気さと残酷さが紙一重だった子供時代の郷愁に弱いものなのよ。そのうち君にもわかる日がくるさ(バカ)。




おっとイカン! 来日中の地球防衛軍長官とクソゲーについて意見交換する時間だった! 私はクソゲー愛好会日本支部長として、クソゲーを国際的に保護するべきだと主張するつもりだ。




それではまた!!(わけがわからないまま終了)





・・・おしまい




posted by ふうのしん at 15:44 | Comment(20) | TrackBack(0) | 企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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