にほんブログ村 ゲームブログ レトロゲームへ

2007年11月20日

20世紀アーケードゲーム筐体の歴史&進化の考察

20世紀アーケードビデオゲームの筐体についてのお話。
アーケードゲームの筐体といっても様々な種類があることはご存じの通りなのであるが、大きく分けて2種類に分類される。

@通常筐体
A大型筐体

この二つ。
通常筐体という名称は正しいかどうか分からないのであるが、様は一般的なビデオゲーム筐体のことである。

大型筐体とはそのままの意味で、通常筐体と比べてスペースが大きく、通常筐体よりも迫力のあるゲームが楽しめる。


通常筐体と大型筐体での違いは歴然だ。
通常筐体では、ゲームの基板を変えれば、筐体を使いまわしできる点にある。


これに対し大型筐体は使いまわしができない。
大型筐体は迫力ある演出を追及した結果、

「筐体そのものを動かす」

という発想から生まれた「体感ゲーム」が主流となっていく。私の印象的だった作品は「ハングオン」、「スペースハリアー」、「アフターバーナー」だ。操作によって筐体が動く体感ゲーム。ハングオンはともかく、スペースハリアーとアフターバーナーの衝撃は凄かったものである。


ハングオン筐体

筐体を倒した角度がコーナリングに反映するバイク体感ゲーム


スペースハリアー筐体

揺れが激しく、落下防止のシートベルトがあった


大型筐体でも通常筐体と同様、基板を変えれば他のゲームもプレイ可能であると思われるが、大型筐体は筐体自体がそのゲームのイメージで作成されているものが多く、使いまわしとなると筐体のカラーリングからモデリングなど、1から変えなければならない。
このことから大型筐体は、

作品=筐体

という方程式が成り立つ。

例としてレースゲームの大型筐体「リッジレーサー」を挙げる。

画像の通り、カラーリング、筐体のモデリングなど、リッジレーサー専用筐体になっているのだ。その為、通常筐体と違い使いまわしができない。上記したスペースハリアーやアフターバーナーなども、操縦席がゲームと連動して動く専用筐体のため、使いまわしは不可能であると思われる。


このようなことから大型筐体は通常筐体よりもコスト面で非効率と言わざるをえないが、通常筐体では味わえない「体感ゲーム」、「サウンド」、「大画面」、「各作品事の派手な専用筐体」というド派手な演出が可能なため、より迫力のある作品をプレイすることができるのである。




ここからは通常筐体の歴史をたどってみよう。
70年代、日本で最初のアーケードゲーム筐体は、立ったままプレイする「立ちアップライト型」筐体が主流だった。


立ちプレイ専用アップライト筐体

大ヒット作「スペースインベーダー」はテーブル型筐体からと思っている方もいるかもしれないが、実はインベーダーですらアップライト式から始まったのである。


立ちプレイ専用アップライト筐体スペースインベーダー


スペースインベーダー以降はテーブル型筐体が主流になっていく。


テーブル型筐体

文字どおり、テーブル型の筐体である。
ゲームセンター以外にも喫茶店などに置いてあったことはご存じの通りであろう。しかしこのテーブル型筐体には弱点が存在した。おそらく私と同年代で、この時代をリアルタイムで生きてきた方は簡単に答えが分かるだろう。85〜年以降くらいに誕生した方への問題である。解るだろうか?

大ヒントは当時のゲームセンターは暗かったということである。
少し間隔をあけておくので考えてみてほしい。






















答えはテーブル型筐体の構造だ。
テーブル型筐体は、天井などに設置されている蛍光灯などの照明の影響をモロに受けるのだ。結果、光の反射によってディスプレイがモノ凄く見づらかった。そのため当時のゲームセンターは照明を薄暗くしていたのである。
苦肉の策として、ダンボールをディスプレイに被せてプレイする方法を採用していた。


ここで若い方は想像して頂きたい。
ゲーセン室内は薄暗く、テーブル型筐体のディスプレイを覗き込んで、その上から光を遮断させるためのダンボールを被せてプレイしている姿を。


・・・はっきりいって非常に近寄り難い。
なんか危ない薬でもやってんじゃねーかって状況だ。
バーチャルボーイの方が何倍もマトモに見える。


それが当時のゲームセンターは当たり前の事だったのだ。
実際私もダンボールを被ってプレイしていた。今でもいい思い出の一つである。
そういや任天堂は「ドンキーコング」、「マリオブラザーズ」、「アイスクライマー」などをアーケードで出していたが、ファミコン大ヒット後はアーケード業界から足を洗ったようである。


少し専門的な話になるが、調べたところ80年代前半のゲーム筐体で使用されているディスプレイは水平走査周波数が1、750kHzが主流だったらしい。

88年になると、解像度の高い水平走査周波数24,830kHzのディスプレイに対応した基板とともに高解像度のディスプレイを搭載した筐体が登場した。この頃からテーブル型筐体は減り始め、座り型アップライト筐体が主流となってくる。もう少し遅かったらストUなどもテーブル型筐体でプレイしていたかもしれない。もちろんダンボールを被って。


座り型アップライト筐体

座り型アップライト筐体は、テーブル型のようにディスプレイを覗き込む必要のない、
自然な姿勢でプレイできる現在でも主流の筐体である。

91年に登場したストUによる対戦格闘ブーム時には、この「座り式アップライト筐体」を背中合わせに配置する「通信対戦台」が登場した。


通信対戦台

通信対戦台の登場で、見知らぬ人同士でも気軽に対戦することが可能となった。
結果、乱入対戦によるインカムを飛躍的に向上させたのである。

豆知識として、通信対戦台は1983年に任天堂から発売された「VS筐体」がヒントになったと言われているが、裏の情報によるとゲームセンターの定員が考案したという説もあるらしい。

VSシステム専用筐体

最大4人まで同時プレイ可能。


その後、印象に残っている筐体は、大型筐体並みの映像、サウンドを楽しめる50インチのプロジェクターを用いた「MEGALO50」だ。

MEGALO50

この筐体は非常に印象に残っている。
なぜならこの筐体で93年に「バーチャファイター」を見たからである。
3Dポリゴンと、この筐体の大画面によって、

「画面の中に人がいるよオイ!!!」

っと、友達と興奮したものである。
この衝撃は生涯忘れることはないであろう。


その後通常筐体は、現在に至るまでディプレイは進化し続け、より高画像、よりフラットになっていく。




このような感じで20世紀の通常筐体は進化してきた。
それに伴い、アーケード基板の進化も少し載せておく。

80年代前半までは、アーケードはゲームごとに異なる基板を使用していたのである。そのため、ゲームを入れ替えるには基板から配線から全て入れ替える必要があった。
様は「ハード」と「ソフト」の分別化がなされていなかったのである。

しかし80年代後半になるとメーカーごとに共通した基板「マザーボード」を使用するようになり、データが入ったROMだけを差し替えるだけで入れ替えが可能になり、効率面で進化していくこととなる。

90年代に入ると、差し替えるROMをサブボード(基板)にまとめるようになったり、また、コンシューマーと互換性があるマザーボードが登場していく。現在では、DVDなどを使ってソフトをインストールする方法が一般的なようだ。

コンシューマーと互換性があるマザーボード
VSシステム=ファミコン
MVS=ネオジオ
ST−V=セガサターン
NAOMI=ドリームキャスト
システム246=プレイステーション2





コントローラーの進化
「スペースインベーダー」の登場以降、レバーやボタンなど、ほとんど変化はないように見えるが、ゲームによっては特殊な入力装置を使っているものがあった。

私が特殊な入力装置のアーケードゲームでプレイしたのがパドル式の「アルカノイド」くらいのものなので、詳しく説明できないのが申し訳ない。アルカノイドに限っていえば、パドルのレスポンスが良すぎて、ちょっと回しただけで超高速でバーが左右に動くため、とても操作しづらかった印象がある。大山のぶ代の凄さを実感した。

アーケードの特殊なコントローラを用いたゲームに詳しい方はぜひご教授願いたい。




まとめ
今回は通常筐体にしぼって話を進めてみた。
大型筐体や、その他筐体も機会があったら載せていきたい。

アーケードゲームは画面がモノクロでシンプルなものから、現在はコンシューマーを含め様々なジャンルが開拓されていったが、家庭用ゲーム機のスペックが低かった80年〜90年前半、アーケードゲームは斬新(名作、クソゲー含め)な作品が大量に登場し、スペック上、アーケードでしかプレイできない作品が多かった。それを支えたのはゲームの進化とともに進化してきた筐体の存在も忘れてはならないだろう。

90年中ごろになると、家庭用ゲーム機のスペックが向上し、アーケードゲームと比べてもまったく遜色のない作品が登場していくことにより、通常筐体のゲームはコンシューマーに押され気味となり、家庭で楽しめない大型筐体が主流になった感がある。21世紀のアーケード業界よく分からないのであるが、ネットワークを利用しての対戦やカードゲームが人気を博しているらしい。現在のゲーム事情にも対応できるよう、アーケード、コンシューマー問わず知識の幅を広げていきたい。