この5年間は次世代ハードと呼ばれるプレイステーションを筆頭に、セガサターン、3DO、PC−FXなど、メディアがロムカートリッジからCD-ROMへ採用され始めます。大容量を生かしたアニメムービーが使われたり、フルポリゴンのゲームが登場したりと、いままでにはなかった新しいタイプのゲームが世に出ていくことになります。
1991年
アーケードに対戦格闘ゲーム「ストリートファイターU」が登場
対戦格闘ゲームの新時代到来
91年に関してはこれしかないです。ある意味社会現象になった元祖格ゲー、カプコンの「ストリートファイターU」。
スーファミ版ストU
ストUの最大の功績は2点あると思います。
1、コマンド入力により技が出るシステムの確立(波動拳コマンドなど)
2、キャンセル技による連続技=爽快感
その他にもガード、投げ技(空中投げ技も)、ピヨリなど、現在の格闘ゲームの基礎を作った偉大な名作です。
当時のゲーセンのストU筐体には順番待ちのギャラリーで取り込まれてましたよ私のとこでは。筐体に50玉(途中から100円になった)の山積み上げて。
ストUの初期、とりあえず「昇龍拳」出せればヒーローでしたね。ジャブ昇龍拳orアッパー昇龍拳なんか出した日にゃ感動で夜も眠れなくなったほど(ウソ)。
このストUの大ヒット以後、ゲーセンは対戦格闘ゲーの巣窟と化したのです。なぜならその後、これでもかと言わんばかりの数の格ゲーが登場したから。
1991年世間の出来事
湾岸戦争が勃発(1月17日)
千代の富士引退(6月14日)
宮沢りえのヌード写真が話題に(11月3日)
1992年
ドラクエX、FFX発売
・・・これくらいしか出てこないなあ・・・・・
1992年世間の出来事
尾崎 豊 肺水腫で死去(4月25日)
1993年
アーケードに3D格闘ゲームバーチャファイター登場
伝説のオウガバトル発売
93年は元祖3D格ゲー「バーチャファイター」が世に出た年。2D格ゲー全盛の頃ですね。3Dによるリアルな動き、迫力あるカメラアングル、全てが衝撃だった作品。
地元の仙台のゲーセンで始めて見た時のインパクトは凄かったなー。妙に人だかりができてるんでなんだろう?っと思って見てみると、
おお!画面の中に人がいる!!!
まあニュアンスは分かっていただけると思う。それほど印象深い作品でした。でもやらなかったけど。サターン買ってればハマったのかもしれないなあ。この作品で「ポリゴン」とか、「モーションキャプチャー」とか、「テクスチャー」とか専門用語覚えたんです。
1993年世間の出来事
オードリー・ヘップバーン死去(1月20日)
Jリーグ開幕(5月15日)
東京レインボーブリッジ開通(8月26日)
1994年
プレイステーション発売
セガサターン発売
3DO発売
PC−FX発売
この94年という年はゲーム業界における革命が起きた年、っと私は思っています。
いわゆる次世代ハードの登場です。
次世代32ビット機プレイステーション
発売日は94年12月3日。ソニーコンピューターエンタテインメントより開発&発売。
プレイステーション
メディアにCDーROMを採用することで大容量にものをいわせた美麗なグラフィック、高音質なゲームをプレイできるようになりました。ちなみにプレイステーションの表示可能色数は1677万色。すげぇ・・・・・ファミコンは52色しか出せないのに・・・・・
また、「ファイナルファンタジー」、「ドラゴンクエスト」の参入により国内最大の家庭用ゲーム機として成長を遂げます。ここでついに任天堂の牙城を打ち砕いた訳ですね。
プレステを代表するオリジナルソフトといえば、おそらく「バイオハザード」。これではないでしょうか。FF、ドラクエ抜きで。
過去ハードでは表現できなかったリアルな3D洋館で繰り広げられるゾンビ連中との戦い&謎解き。弾にも制限があるため緊張感倍増。最初のゾンビと出会った時や、いきなり窓からゾンビ犬が出てくる時なんかパニックに陥ったものです。ファミ通では38点の高得点でした。
なんかオススメできるゲームは、「時間がありすぎてしかたがねーぜ!」というニートな方には「ゼノギアス」がいいかと。大作SFRPG。プレイ時間は100時間くらいかかると思う。オープニングのアニメムービーは圧巻の一言。
「RPGなんかプレイする時間がねーぜ!」という方はシューテイングの「レイストーム」かなやっぱり。
レイストーム
32ビット機セガサターン登場
94年11月22日発売。日本ビクター、日立、セガの共同開発。
セガサターン
ソフトは豊富なアーケードゲームを生かし、「バーチャファイター」、「デイトナUSA」、「バーチャロン」等、人気の高いアーケードの移植物が中心だったですね。プレステとの違いは、発売当初、18禁ソフトの販売も認めていたこと。
持ってなかったので、印象はあまりないです。ただチュンソフトの「街」は面白かった。クリアしてなかったなあそういや。ファミ通では34点。
恐怖(?)のハード3DO発売
94年3月20日発売。3DO社と松下電気が共同開発。32ビット機。
3DO
未プレイで分かんないですが、「スーパーストUX」プレイしたいがために購入した人もいるとか。なぜ「恐怖」かといいますと、なんかの記事で読んだのですが、スパストUX、1対戦が終わる度に5分くらい読み込み時間があるとか。待ってられるか!!!
1994年世間の出来事
子供に悪魔と命名しようとした親が話題に(1月13日)
アイルトン・セナが激突死(5月1日)
日本人女性初の宇宙飛行士、向井千秋さん宇宙へ(5月22日)
1995年
バーチャルボーイ発売
タクティクスオウガ発売
任天堂、初の「やっちゃった」ハード、「バーチャルボーイ」登場
家庭用ハードで初の疑似3D画面を採用したバーチャルボーイ。立体的に浮かび上がるグラフィックはいままでになかった新鮮な感覚を与えてくれました。
バーチャルボーイ
これも購入はしませんでしたが、店頭で体感した感じはそれほどでもなかったなあ。つーか、バーチャルボーイプレイしてるとこ見てると、かなりアブナイ人に見えるのは私だけか?なんかゲームに洗脳されてる感がして気が引けてしまいます。
そーいやアニメ「ゼーガペイン」で、バーチャルボーイそっくりなゲーム出てたなあ。あれは絶対バーチャルボーイパクったね。
ゼーガペイン。外部出力付きのバーチャルボーイってとこか。でもこのアニメ、救われない物語だったなあ。全員最初から死んでるし。マトリックスだね内容は。
1995年世間の出来事
阪神大震災(1月17日)
地下鉄サリン事件発生(3月20日)
この1991年から1995年は、私が1番ゲームをやりこんだ時期でもありましたした。
ここで、ファミコンとプレイステーションの進化について考察してみます。
1、グラフィック、演出
グラフィック性能や画像表示技術の向上、また、ゲーム機本体のメモリー量が増加することは、グラフィック&演出に大きな影響を与えます。上記したとおりグラフィックに関してはファミコンの52色から1677万色になったんですから視覚的に一目瞭然です。ハードの制約で開発陣が表現しきれなかった演出が、大容量のプレステではCGムービーなどで表現可能になり、グラフィック、演出が進化していくことによりゲームの世界観、ストーリーをより詳細に表現できるようになったのです。
しかし、レトロゲーム好きな私には嬉しい半面、ちょっと寂しい気も。
ファミコン時代などのゲーム(特にRPG)は、グラフィックが寂しいながらも、その世界観を個人個人で「想像」して、「創造」することが楽しい脳内活動だったのです。
最近のファンタジーRPGなどは、グラフィックの向上で、「この世界は、こうなんです!」っと、もう決めつけられてしまっている気がする。世界観を想像する楽しみがなくなってしまったのです。ゲームイマジネーターの私としては辛いとこですな。まあその分、私のイマジネーション能力は萌えキャラに発揮されてしまったわけで・・・・
2、サウンド
ファミコンのサウンド性能は3和音(同時に3音まで再生できること)+ノイズ1音。プレイステーションでは48和音再生可能と、大幅に向上しました。このサウンドの進化によって「パラッパラッパー」や「ビートマニア」、「ドリームオーディション」等、音ゲーという新ジャンルが生まれたわけです。
いま現在、私の趣味の一つになってるのが、「ゲーム音楽をMP3化」すること。名作などはツタヤでCDで借りられるのでMP3化したんですが、マイナーな作品となると、自分で録音するしかないわけで・・・・ちなみに私の着信音は「スペランカー」にしてます。死んだ時のBGMも入れているというコダワリ(?)よう。では今回はこのへんで。次回は最終章、1996年から2000年を振り返ります。ついにPS2が登場!
前回のおまけ企画のキャッチコピー問題の答え
問1
「時代はすでに16ビット!」
A、メガドライブ
問2
「比べて見れば○ームギア!!」
A,ゲームギア
問3
「○ンクスショック!!刺激的に。」
A,リンクス
問4
「64ビット級・ものすごいゲームマシン誕生。」
A,セガサターン
問5
「凄いゲームを連れて帰ろう。」
A,ネオジオ
問6
「1,2,3でゲームが変わる」
A,プレイステーション
問7
「Super Synergy」
A,スーパーファミコン
問8
「君となら、どこまでも。」
A,ゲームボーイ


データイーストの名作逆落ちモノパズル。連鎖もぷよぷよとは違ったシステムで面白い。キャラクターも個性豊かでド迫力&ド派手。












