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2007年07月02日

20世紀のゲーム業界を振り返って第2回

20世紀のゲーム業界を振り返って第2回

今日は時間に余裕があったので2回目の更新になりました。毎日こうだったらいいのになあ・・・ダブルヘッターもなんのそので。
第2回目は1986年から1990年までの歴史を振り返ってみます。
86年から90年の5年間はファミコンの成功により、我も続けとファミコンよりも性能で上回るハードが次々と登場。さらに携帯ゲーム機「ゲームボーイ」の誕生から、携帯ゲーム機のシェア争いも加わって、ゲーム業界が1番活気があった時期です。まさに戦国時代。弱肉強食。


1986年
任天堂、「ディスクシステム」を発売
エニックス、RPG「ドラゴンクエスト」発売

ディスクシステムの登場
1986年2月21日に発売されたディスクシステムは、従来のロムカートリッジとは異なり、ディスクカード(FDやね)にプログラムを書き込むという斬新な形態で発売され、上書きすることで新しいゲームができるという「書き換え」システムで人気を博しました。


ディスクシステム

書き換え料金は500円〜1000円でできるため、ユーザーにもやさしいお値段だったですね。



国内家庭用ゲーム機初のRPGドラゴンクエストの発売
アクションやシューティングが主軸だったこの頃、既存のゲームとまったく違うジャンルの「RPG」というものを認識させた神ゲー「ドラゴンクエスト」がついに登場。発売日は1986年5月27日。


ドラゴンクエスト

アクション要素を排除し、戦闘による経験値、レベルアップによってキャラを成長させていくというもの。戦闘はコマンド選択によって行われます。RPGはゲームセンターでは味わえないジャンルですよね。
このRPGドラゴンクエスト(T)の大ヒットによって、U以降は社会現象になりました。特にV発売時は凄かったですよね。

ドラゴンクエストデータ
出荷本数150万本
シナリオ&ゲームデザイン 堀井雄二
音楽 すぎやまこういち
キャラデザイン 鳥山明




1987年
PCエンジン発売
ファイナルファンタジー発売
ドラゴンクエストU発売

PCエンジン
ファミコンと同じ8ビット機ながら、美麗なグラフィック描画機能とコア構想の拡張性が売りのハード。87年10月29日NECホームエレクトロニクスより発売。ハドソンが技術協力。


PDCエンジン

このPCエンジン単体ではHuカードと呼ばれるカートリッジのゲームしか遊べないですが、CD−ROMや通信ブースターなどを取り付けることによっていろいろな遊びを提供していこうというものです。しかし、ユーザーがついてこず失敗してしまいましたが・・・
でも翌年1988年にCD−ROMをゲーム業界で初めて採用した功績は大きいです。CD−ROMによる大容量を生かしたBGM、キャラが喋ったりする演出は衝撃でした。




1988年
ドラゴンクエストV発売
メガドライブ発売
PCエンジン業界初のPCエンジンCD-ROMROMが登場


家庭用ゲーム機初の16ビット機メガドライブ
発売元はセガ。8ビット機のファミコンが人気絶頂の中、ついに16ビット機が登場。「時代は16ビット!」のCMが懐かしい・・・あのオッサン元気かなあ。


メガドライブ

ソフトは、セガの誇るアーケードゲーム、海外からの移植物がメイン。特に海外からの移植物は独特なテイストの物が多く、しかもゲーム難易度が異常に高いものが多いのが特徴。
今までの記事見れば分かるとうり、私はメガドラ持ってないんです。でも1つだけ画面見ただけで鳥肌が立ったソフトがありました。「アラジン」です。


アラジン
美麗なグラフィック、異常に動きが滑らかなキャラクター達。格ゲーの「ヴァンパイア」のような感じ。当時は凄かった・・・




1989年
ゲームボーイ発売
リンクス発売

ゲームボーイ
任天堂より89年4月21日発売。モノクロ液晶を除けばファミコンとほぼ同等の性能を持ってます。


ゲームボーイ

その後、小型化、軽量化、バックライトの装備、そしてカラー化など、発売から10年の間に4回ものマイナーチェンジが行われた長寿携帯ハード。この長寿の原動力となったのが96年発売のポケットモンスター。


ポケットモンスター。ニューハードの登場によって歴史の波に飲まれそうな96年、「ポケモン」の登場によってゲームボーイの人気を盛り返す原動力となる。発売から約10年後の98年にカラーバージョンが登場します。




1990年
ネオジオ発売
ゲームギア発売
スーパーファミコン発売
PCエンジンGT発売


100メガショック「ネオジオ」
最新のアーケードゲームをそのままのクオリティーでプレイできる家庭用ハード「ネオジオ」が登場。90年4月26日発売。
本体価格が58000円という高額。ソフト価格も30000円以上するものも多数。高すぎる・・・
しかし、そのままのクオリティーでプレイできるメリットは大きく、ヒット作品も多いことから根強いユーザーに支えられました。唯一、2D格ゲーでカプコンに対抗できたSNK。頑張ったよあなたは。

ハマったソフト

サムライスピリッツ(1)



93年ゲーメスト大賞受賞作品。メチャハマった。


メタルスラッグシリーズ(特に3)



メタスラは3が最高傑作だと自負しておりますです。


ザ・キング・オブ・ファイターズ95



庵初登場。テリー強すぎ。友人にハメられて殺されまくった苦い日々。青春でしたw



カラー携帯ゲーム機「ゲームギア」
ゲームギアは90年10月6日にセガより発売された携帯ゲーム機。カラー液晶搭載で画面が綺麗だった印象があります。


ゲームギア

しかしソフトはやはりセガ制作の物が中心で貧弱。ヒット作も少なく、移植物がメイン。気づいたら消えていたような感じ。前も書きましたが「ペンゴ」プレイするために購入。あと隠れた名作シューテイング「アレスタGG」も結構イケルw


アレスタGG



ファミコンの後継機「スーパーファミコン」が登場

任天堂より90年11月21日に発売。年末前とあって、お年玉、クリスマスプレゼントで前倒しで購入した記憶あり。大ヒットを記録し、任天堂の牙城を揺るぎないものとした16ビット神ハード。


スーパーファミコン

回転、拡大、縮小機能搭載。本体同時発売ソフトは「スーパーマリオワールド」、「F-ZERO」。



スーパーマリオワールド。セーブ機能もあるので長く遊べる。アクションゲームの名作中の名作。


F-ZERO。過去のレースゲームがプレイできなくなるほどの完成度とスピード感。これまた名作中の名作。

サードパーティの充実ぶりは他のハードが可哀想になるほど。
販売当初、ファミコンが現役だったため、出荷台数が伸び悩んでいたらしいんですが、「ドラクエX」、「FFW」という2大RPGのスーファミ参入がハードの世代交代を加速させた1つの要因です。また、任天堂のゲームの質の高さもユーザーから支持された要因でしょうね。
もしドラクエかFFがメガドライブなどで出てたら面白かったかもしれませんね。
格ゲーではストUの移植なども行われヒットしました。
しかし1つ問題を挙げるとすれば、ソフト価格の高騰です。カートリッジの容量が増えるにつれ高くなっていきました。ファミコンでは約5、6千位だったのが倍の1万円位になったわけですから。1万出してクソゲーだったら目もあてられない・・・・


20世紀ゲーム歴代高価格ソフトランキング
ファミ通調べ

ネオジオ
キングオブファイターズ99  38、000円

スーパーファミコン
EMITバリューセット  19、800円

ファミコン
三国志2  14,800円

PCエンジン(CD-ROM版)
三国志3  14、800円 

メガドライブ
三国志3  14、800円


・・・・光栄(現コーエー)のソフトって高かったですね・・・今も高いけど。


次回は1991年から1995年を振り返ってみます。
失礼致しましたw




おまけ企画

各ハードのキャッチコピー問題。全部答えられる人はいますかのォ。答えは次回に載せます。ハード名を答えてください。

問1
「時代はすでに16ビット!」

問2
「比べて見れば○ームギア!!」

問3
「○ンクスショック!!刺激的に。」

問4
「64ビット級・ものすごいゲームマシン誕生。」

問5
「凄いゲームを連れて帰ろう。」

問6
「1,2,3でゲームが変わる」

問7
「Super Synergy」

問8
「君となら、どこまでも。」



・・・なんか答えが出ちゃってるのもあるんスけど・・・ではまたw

posted by ふうのしん at 14:35 | Comment(8) | TrackBack(3) | 20世紀ゲーム業界を振り返る第1,2回 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20世紀のゲーム業界を振り返って第1回

日本でのコンピューターゲームの歴史、とりあえず第1回目ということで、インベーダーが登場した1978年から神ゲー「スーパーマリオブラザーズ」が登場した1985年までの歴史を振り返ってみます。



1978年
スペースインベーダーの登場
日本での最初のヒットといえばやはり「スペースインベーダー」。これしかない。


スペースインベーダー

1978年にタイトーが発売した作品。一大ブームを巻き起こし、社会現象になりました。
幼少期、兄貴に連れられ、テーブル型の筐体でプレイしてたなあ。私自身にとってもコンピューターゲーム初体験だった作品でした。古き良き時代でしたなあ・・・・



1979年
ギャラクシアンの登場

「スペースインベーダー」の大ヒットに際し、多くのインベーダーのコピー商品が登場してましたね。そんな中、翌年の1979年ナムコより「ギャラクシアン」が登場します。


ギャラクシアン

この作品もインベーダーと同じく、1画面固定型シューティングゲーム。この頃のゲームはスクロール型のゲームが存在しなかったのです。基本的に全てのゲームは1画面固定性。時代ですなあ。
画面がスクロールするシューティングゲームは、スクロールシューティングの元祖、1983年に登場する「ゼビウス」まで時間を要することになります。
ギャラクシアン見た時の第一印象は、敵キャラがカラフルになったぐらいしか進化してないように見えてコピー商品に思えたんですが、敵キャラが横移動しかしなかったインベーダーとは違い、「キューン」という効果音と共に編隊を組んで自機に突撃してきたり、難しい曲線を描いて飛行してくるキャラなんかもいて豊富な攻撃パターンがとても新鮮で印象深かった作品でした。


1980年
パックマン登場
任天堂が携帯ゲーム「ゲーム&ウォッチ」を発売。

1980年に入ると世界中で大ヒットを記録したアーケードゲーム「パックマン」が登場。


パックマン

1画面固定型。画面上にあるドット表示されたエサを全て食べきると面クリア。
また、任天堂がゲームウォッチを発売し、これまた大ヒット。


ゲーム&ウォッチ

任天堂はファミコンから有名になったと思われるかもしれませんが、実際はこの「ゲーム&ウォッチ」で有名になったのです。その名のとうり、時計代わりにもなるし、ゲームもできる。オクトパス面白かったな。



1981年
国内初のハード「カセットビジョン」登場

ご紹介したスペースインベーダー、ギャラクシアン、パックマンと盛り上がるアーケードゲーム業界ですが、家庭用ゲーム機の方はまったく進化してませんでした。そんな中、1981年にエポック社より家庭用ハード「カセットビジョン」が発売されます。


カセットビジョン

このカセットビジョンの功績は、今まで「ハードとソフト」は常に一体化されていたのに対し、「カセットを交換すれば別のゲームができる」という、ハードとソフトの分別化をしたことです。
しかし、肝心の内容はというと、グラフィックが貧弱で辛いものがありましたね。キャラはほとんどが□とかで表現されてるし。



1983年
国民的ハード「ファミリーコンピューター」発売
革命的シューティングゲーム「ゼビウス」がアーケードに登場

日本国民に「テレビゲーム」というものを大認識させた国民的&神ハード、「ファミコン」の登場。


ファミリーコンピューター。古くなってくると黄ばんでくるのが特徴(笑)。

記念すべき発売日は1983年7月15日。一家に1台あるんじゃねーかと言ってもおかしくない普及率を誇る。
なんでこんなに売れたんだろう・・・たぶん、1番大きいのが、

ソフトの完成度
多数アーケードゲームの移植
参入サードパーティの豊富さ

これじゃなかろうか。
これによってアーケードなどの移植物が続々登場。
ファミコン初期は任天堂以外のサードパーティはほとんどがアーケード移植物ばかりでしたね。
しかし、ファミコン初期の時代、移植物がファミコンを支えたこともまた事実です。
ソフト買ってしまえば上記したアーケードゲームがやり放題ってんだから・・・・今、この記事見てる若者、ほんとスゴイ事だったのよ当時これは。ちなみにファミコン本体と同時発売だったソフトは「ドンキーコング」、「ドンキーコングJr」、「ポパイ」。


ドンキーコング。マリオが主人公。樽をジャンプし、ハシゴを上り、レディを助けるゲーム。ピーチ姫じゃないのね・・・



ドンキーコングJr。マリオが悪役。マリオに捕まった父さんを助けるゲーム。



ほうれん草を食べまくりのアクションゲーム。



ゼビウスの台頭
1983年、革命的ゲームがアーケードに登場。その名は「ゼビウス」。


ゼビウス

ゲーム界初のスクロールシューティング。縦にスクロールする背景、美しいグラフィック、どこか神秘的なBGM、ソルや地上絵など数々の謎。全てが新鮮だったです。
このソフト登場以降、シューティングゲームが変化したといっても過言ではない。



1985年
セガ、国内3番目のハード「セガマークV」を発売
任天堂、神ゲー「スーパーマリオブラザーズ」を発売



画像はセガマークVと互換性があるマスターシステム

発売日は1985年10月20日。任天堂のファミコンに対抗すべく発売したハードと言っていいんでしょう。「ファンタジーゾーン」など、セガのアーケードゲームの移植物が多いですね。しかし、不運と言うべきか、この年にファミコンの「スーパーマリオブラザーズ」が発売され、客をそっちに取られてしまったような印象を受けます。

そしてセガの弱点、

@サードパーティーの少なさ
Aソフトの完成度が任天堂より劣っている

@。これが痛い。セガは最終ハードとなったドリームキャストまでこの「サードパーティ」の参入数に悩まされていたようにも見えます。

Aは私の個人的な印象です。セガは発売タイトル本数はぶっちぎりで1位です。

20世紀ソフト販売本数タイトルメーカー別ランキング
ファミ通調べ

1位セガ・エンタープライゼス(537本)
2位コナミ(376本)
3位バンダイ(282本)
4位ハドソン(274本)
5位光栄(219本)
6位カプコン(216本)
7位ナムコ(210本)
8位タイトー(188本)
9位任天堂(178本)
10位バンプレスト(166本)


この様に発売タイトル本数はぶっちぎりで1位。
なぜかといえば、上記したとうり、「サードパーティが少ない」から、自社で多くのタイトルを制作せざるを得なかったと思う。
結果、完成度がイマイチの物が大放出されちゃった感があります。一応「ファンタジーゾーン」は好きですが。

ファンタジーゾーン


スーパーマリオブラザーズ
1985年発売。「ドンキーコング」に登場するキャラクターだったマリオは、この「スーパーマリオブラザーズ」で人気が大爆発。以後、任天堂の主要キャラになり、その名を冠したソフトが続々と登場することになりました。



Bダッシュ
操作性、ボタンレスポンスも素晴らしく、Bボタンでダッシュする「Bダッシュ」という言葉もこの作品から生まれました。この「Bダッシュ」は、後にRPGにも適用され、RPGも快適にプレイする事ができるようになりましたね。素晴らしいシステムです。



では今回はこの辺で。
次回は1986年から1990年のゲームの歴史を書いていきたいと思います。


その他、この時期の海外のゲーム業界の出来事
1972年
アタリ社が家庭用テレビゲーム「ポン」を発売。大ヒット

1980年
RPGの元祖「ウィザードリィ」、「ウルティマ」が発売


面白かった記事
ドラゴンボールのキャラが強くなりすぎてしまう理由

これはなるほどねー、って感じです。
そっか、確かに悟空が成長してからは、敵キャラが小さいですね。
posted by ふうのしん at 00:13 | Comment(11) | TrackBack(1) | 20世紀ゲーム業界を振り返る第1,2回 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする