1978年
スペースインベーダーの登場
日本での最初のヒットといえばやはり「スペースインベーダー」。これしかない。
スペースインベーダー
1978年にタイトーが発売した作品。一大ブームを巻き起こし、社会現象になりました。
幼少期、兄貴に連れられ、テーブル型の筐体でプレイしてたなあ。私自身にとってもコンピューターゲーム初体験だった作品でした。古き良き時代でしたなあ・・・・
1979年
ギャラクシアンの登場
「スペースインベーダー」の大ヒットに際し、多くのインベーダーのコピー商品が登場してましたね。そんな中、翌年の1979年ナムコより「ギャラクシアン」が登場します。
ギャラクシアン
この作品もインベーダーと同じく、1画面固定型シューティングゲーム。この頃のゲームはスクロール型のゲームが存在しなかったのです。基本的に全てのゲームは1画面固定性。時代ですなあ。
画面がスクロールするシューティングゲームは、スクロールシューティングの元祖、1983年に登場する「ゼビウス」まで時間を要することになります。
ギャラクシアン見た時の第一印象は、敵キャラがカラフルになったぐらいしか進化してないように見えてコピー商品に思えたんですが、敵キャラが横移動しかしなかったインベーダーとは違い、「キューン」という効果音と共に編隊を組んで自機に突撃してきたり、難しい曲線を描いて飛行してくるキャラなんかもいて豊富な攻撃パターンがとても新鮮で印象深かった作品でした。
1980年
パックマン登場
任天堂が携帯ゲーム「ゲーム&ウォッチ」を発売。
1980年に入ると世界中で大ヒットを記録したアーケードゲーム「パックマン」が登場。

パックマン
1画面固定型。画面上にあるドット表示されたエサを全て食べきると面クリア。
また、任天堂がゲームウォッチを発売し、これまた大ヒット。
ゲーム&ウォッチ
任天堂はファミコンから有名になったと思われるかもしれませんが、実際はこの「ゲーム&ウォッチ」で有名になったのです。その名のとうり、時計代わりにもなるし、ゲームもできる。オクトパス面白かったな。
1981年
国内初のハード「カセットビジョン」登場
ご紹介したスペースインベーダー、ギャラクシアン、パックマンと盛り上がるアーケードゲーム業界ですが、家庭用ゲーム機の方はまったく進化してませんでした。そんな中、1981年にエポック社より家庭用ハード「カセットビジョン」が発売されます。
カセットビジョン
このカセットビジョンの功績は、今まで「ハードとソフト」は常に一体化されていたのに対し、「カセットを交換すれば別のゲームができる」という、ハードとソフトの分別化をしたことです。
しかし、肝心の内容はというと、グラフィックが貧弱で辛いものがありましたね。キャラはほとんどが□とかで表現されてるし。
1983年
国民的ハード「ファミリーコンピューター」発売
革命的シューティングゲーム「ゼビウス」がアーケードに登場
日本国民に「テレビゲーム」というものを大認識させた国民的&神ハード、「ファミコン」の登場。
ファミリーコンピューター。古くなってくると黄ばんでくるのが特徴(笑)。
記念すべき発売日は1983年7月15日。一家に1台あるんじゃねーかと言ってもおかしくない普及率を誇る。
なんでこんなに売れたんだろう・・・たぶん、1番大きいのが、
ソフトの完成度
多数アーケードゲームの移植
参入サードパーティの豊富さ
これじゃなかろうか。
これによってアーケードなどの移植物が続々登場。
ファミコン初期は任天堂以外のサードパーティはほとんどがアーケード移植物ばかりでしたね。
しかし、ファミコン初期の時代、移植物がファミコンを支えたこともまた事実です。
ソフト買ってしまえば上記したアーケードゲームがやり放題ってんだから・・・・今、この記事見てる若者、ほんとスゴイ事だったのよ当時これは。ちなみにファミコン本体と同時発売だったソフトは「ドンキーコング」、「ドンキーコングJr」、「ポパイ」。
ドンキーコング。マリオが主人公。樽をジャンプし、ハシゴを上り、レディを助けるゲーム。ピーチ姫じゃないのね・・・
ドンキーコングJr。マリオが悪役。マリオに捕まった父さんを助けるゲーム。
ほうれん草を食べまくりのアクションゲーム。
ゼビウスの台頭
1983年、革命的ゲームがアーケードに登場。その名は「ゼビウス」。
ゼビウス
ゲーム界初のスクロールシューティング。縦にスクロールする背景、美しいグラフィック、どこか神秘的なBGM、ソルや地上絵など数々の謎。全てが新鮮だったです。
このソフト登場以降、シューティングゲームが変化したといっても過言ではない。
1985年
セガ、国内3番目のハード「セガマークV」を発売
任天堂、神ゲー「スーパーマリオブラザーズ」を発売
画像はセガマークVと互換性があるマスターシステム
発売日は1985年10月20日。任天堂のファミコンに対抗すべく発売したハードと言っていいんでしょう。「ファンタジーゾーン」など、セガのアーケードゲームの移植物が多いですね。しかし、不運と言うべきか、この年にファミコンの「スーパーマリオブラザーズ」が発売され、客をそっちに取られてしまったような印象を受けます。
そしてセガの弱点、
@サードパーティーの少なさ
Aソフトの完成度が任天堂より劣っている
@。これが痛い。セガは最終ハードとなったドリームキャストまでこの「サードパーティ」の参入数に悩まされていたようにも見えます。
Aは私の個人的な印象です。セガは発売タイトル本数はぶっちぎりで1位です。
20世紀ソフト販売本数タイトルメーカー別ランキング
ファミ通調べ
1位セガ・エンタープライゼス(537本)
2位コナミ(376本)
3位バンダイ(282本)
4位ハドソン(274本)
5位光栄(219本)
6位カプコン(216本)
7位ナムコ(210本)
8位タイトー(188本)
9位任天堂(178本)
10位バンプレスト(166本)
この様に発売タイトル本数はぶっちぎりで1位。
なぜかといえば、上記したとうり、「サードパーティが少ない」から、自社で多くのタイトルを制作せざるを得なかったと思う。
結果、完成度がイマイチの物が大放出されちゃった感があります。一応「ファンタジーゾーン」は好きですが。
ファンタジーゾーン
スーパーマリオブラザーズ
1985年発売。「ドンキーコング」に登場するキャラクターだったマリオは、この「スーパーマリオブラザーズ」で人気が大爆発。以後、任天堂の主要キャラになり、その名を冠したソフトが続々と登場することになりました。
Bダッシュ
操作性、ボタンレスポンスも素晴らしく、Bボタンでダッシュする「Bダッシュ」という言葉もこの作品から生まれました。この「Bダッシュ」は、後にRPGにも適用され、RPGも快適にプレイする事ができるようになりましたね。素晴らしいシステムです。
では今回はこの辺で。
次回は1986年から1990年のゲームの歴史を書いていきたいと思います。
その他、この時期の海外のゲーム業界の出来事
1972年
アタリ社が家庭用テレビゲーム「ポン」を発売。大ヒット
1980年
RPGの元祖「ウィザードリィ」、「ウルティマ」が発売
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ドラゴンボールのキャラが強くなりすぎてしまう理由
これはなるほどねー、って感じです。
そっか、確かに悟空が成長してからは、敵キャラが小さいですね。


データイーストの名作逆落ちモノパズル。連鎖もぷよぷよとは違ったシステムで面白い。キャラクターも個性豊かでド迫力&ド派手。












