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2010年07月24日

スーファミが終わったと感じたとき


以前、ゲームギアでも同じこと言ったけど、スーファミも今年の11月で20歳なんですな。本当に早いものです。ということで、久々にスーファミの記事にさせていただき候。

さて、ネタどうしよう?
歴史やらデータやらをばーっと載せていこうかなと思ったけど、もういいかなそういうの。昔やっている気がするし。かといってアホネタやるのもなあ・・・。なんかいいネタないかねえ・・・。

っと探していたら、ゲーラボ2005年11月号に今回の企画にうってつけ(?)のネタがあったので、それを参考にしてみることに。


ズバリ、



スーファミが終わったと感じたとき




これをテーマに秋葉原でアンケートを実施したらしい。
以下、トップ5を引用しながら私なりの感想を述べてみる。






第5位 スーファミのソフトが高騰した
歴史を振り返ってみると、ゲームソフトの価格はこの時代が最も高く、ほとんどのタイトルが一万円前後。ユーザーは1本買うのも冒険だった。当時はROMの容量が増えるごとにコストも上がり、開発にも手間がかかるからという、もっともらしい理由が広く浸透していたが、実際は少し違う。

スーファミのROMカートリッジは、サードパーティー作品も含め任天堂が自社工場で生産し、それを各メーカーが受け取る。そして最後に問屋へ卸すという形をとっていたのだが、ここからユーザーの手に渡るまでの道筋が非常に複雑だった。問屋のトップには、任天堂と直接取引きを行えた初心会という問屋集団がいて、そこから2次問屋を通じ、各ショップに流れていたのだ。生産から販売までの間にこれだけの人が関与すれば、そのしわ寄せがソフトの価格にまで及ぶのは言うまでもない。

事実、初心会が解散したニンテンドウ64の時代には、同じカートリッジでありながら、その価格は6、7000円程度で収まるようになった。初心会の存在だけがソフト高騰の理由ではないが、手ごろな価格に落とし込む努力を任天堂、問屋ともにまったくしていなかったことはまぎれもない事実だ。



いまさらですが、スーファミのソフトはマジ高かった。
スーファミは中古ゲームショップがないと成立しないハードだったと思う。


ファミ通より





・・・エネミーゼロスペシャルボックス(20万円)が入ってないですな。


地域によって差はあるだろうけど、私の地元で中古ゲームショップが乱立し始めたのは、スーファミ登場と同時期。基本的には購入したら速攻クリアして売る。作品にもよるけど、それでだいたい購入金額の半分は戻ってくる。それを元手にして、また新しいゲームを購入するわけ。楽しむというより、「早くクリアしなくちゃ!」という義務感のほうが強かった。そんなわけで、手元に残るスーファミソフトは、何回でも楽しめる対戦モノ数本しか残らなかったのが寂しい。金銭的にしかたのないことなんだけど。ということで、中古ゲームショップはスーファミにはなくてはならない存在だったのです!!!(力説)







4位 バックアップツールの登場
ゲームソフトのデータを外部メディアに保存しておくことが目的のバックアップツール。アジア圏の電脳街から生まれたこの怪しいツールは、スーファミ時代にマジコンという名で普及し始めた。データの吸出しから保存までを1台でできる。当時としてはまさに画期的なツールだったのだ。


スーファミ時代にマジコンがあったことに驚き。さすが秋葉原アンケート。考えてみりゃ、すでにファミコンやディスクスシステム時代にコピー品あった。友達が持ってたんだけど、ファミコンのは黒いカセットで、スイッチがついてて、スイッチを切り替えるごとに2本のゲームが楽しめるというもの。ディスクシステムのコピー品は実際に見たことはなかったけども、ファミマガのキャラクター「ディスくん」のライバル、「ブラックディスくん」を見るかぎり、黒いディスクだったんだろう。ちなみに、ブラックディスくんは、違法コピーディスクから生まれたキャラクターっす。








ついでなので若僧諸君にディスクライターを説明しとこう。













以上。
いまも任天堂本社でディスクの書き換えやってもらえるのかしら?
スクウェアの「とびだせ大作戦」がやりたいんですが。
3Dメガネ対応のやつ。















第3位 人知れず本体の生産が終了したとき
2003年9月、細々と続けられていたスーファミ本体の生産がついに終了した。同年5月にその事実が告知された際には、ゲーム誌などで大きな話題となったものの、語られるのは同時に生産終了が決まったファミコンのことばかり・・・。

やはり、多くのゲーマーにとっては、スーファミよりもファミコンへの思い入れのほうが深かったということだろう。このとき発表された2002年の販売台数を見ても、ファミコンが6万台なのに対してスーファミは1万台と、大きく水を開けられている。偉大なる先輩を乗り越えようとしたスーパーファミコンの努力は、残念ながら最後まで報われることはなかったようだ。



「スーファミが終わった」と感じたかは別として、ファミコンのほうが思い入れがあるというのは同意見。スーファミからゲーム始めた人は別でしょうが。説明するまでもなく、スーファミには素晴らしい作品がいっぱいある。が、あくまで思い入れではファミコンのほうが上。それだけの話。私の場合、ブログのアドレスみりゃわかるだろうけど、思い入れのあるハードはファミコン、ゲームボーイ、ゲームギアの順。スーファミは4番目かと。







第2位 任天堂が謎の周辺機器をリリースし始めた
ファミコン時代ほどではないものの、スーファミ時代にも広く受け入れられるとは思えない周辺機器がいくつも存在した。サテラビューYニンテンドウパワーなども広い意味ではここに含まれるだろう。また、当時は任天堂だけでなく、サードパーティも周辺機器を多数開発。とくに変り種なのがバンダイのスーファミターボ。専用ソフト2本を挿すことで、ゲーム内のマップデータを変更したり、データ交換ができたりと遊び方広がるものだった。とはいえ、ラインナップがどうでもいいキャラゲーばかりだったため、発売時から現在まで、ほとんど注目されずじまいだったりもする。


・・・なぜこれが2位なんだろう。
スーファミターボって、SDガンダムXのようなやつ?(違ってたらすまん)。
カートリッジにさらにコネクタがついていて、マップデータを入れられるやつ。たしかにキャラゲーだが、あれは名作なんだけど。少なくとも読み込みがクソ長いPS版よりは。







第1位 スーファミCD-ROMのプランが消滅した瞬間
いまでは信じられない話だが、スーファミ全盛時、CD-ROMは「何でもできる夢のメディア」として認知されていた。ディスク1枚の値段がROMカートリッジより安く、しかも大容量のデータが収録可能。ユーザーにとってもメーカーにとっても、夢のような媒体だったのだ。

業界の王様、任天堂も、ライバルであるPCエンジンやメガドライブがCD-ROM媒体の開発を進めていただけに、このメディアを無視することはできず、当初はソニーとタッグを組み、スーファミ専用CD-ROMドライブの発売を計画していた。「プレイステーション・プロジェクト」と呼ばれたこのプランは、SCEの社長を務める久夛良木健氏の提案だったようだ。しかし「1993年の夏にリリースされる」と具体的な発売情報まで広まったにも関わらず、最終的には立ち消えになった。理由は、

「任天堂がROMカートリッジ供給にこだわり続けたため」
「CD-ROMドライブ関連の利益がすべてソニーに入る契約になっていたから」
「任天堂が裏でアメリカ・フィリップス社とCD-ROMドライブ計画を進めていたから」

など諸説ある。
結局ソニー陣営はCD-ROMでの展開をあきらめず、独自で新ハードを発売。ここで生まれたプレステが、任天堂ひとり勝ちの時代を打ち崩したのはご存知のとおり。のちに最大のライバルとなるハードを生み出したのは、当の任天堂だったというわけだ。



これが1位か。ま、そうなんでしょうな。
当事者でもないのでよくわからんけど、ニンテンドウ64の媒体がカートリッジだったことを考えると、「任天堂がROMカートリッジの供給にこだわった」てのが有力な気がする。・・・しかし、それなら始めからソニーとCDの開発は行なっていないか・・・。わからん。





こんな感じ。
んじゃ、オッサン、アンタはどう思うんだ? と問われると、





・・
・・・
・・・・
うーむ、どうだろう。
スーファミが終わったと感じたときねえ・・・。
「いつのまにか終わってた」というのは回答としては不適切か。
あくまで私の見解としては、やっぱコレじゃなかろうか。






スクウェアがFF7をプレイステーションで発売すると発表したとき



ソニーに移籍してしまったFF7。
これ見たとき、スーファミ終わったとまではいかないまでも、「任天堂やばいかも」とは思った。スーファミだけでなく、サターンや64もユーザーをゴッソリもっていかれてしまったことは事実だろうし。それまでPS持っていなかった人もFF7をキッカケにしてPSユーザーになった人も多い。考えてみりゃ、オッサン、スーファミを購入するキッカケになったのもFF4だったのよね。当時のFFの影響力はマジ凄かった。・・・失礼、なんだかんだいって、いまも凄いか。良し悪しは別として。

また、同時期にゲームボーイで大ヒットしたポケモンの影響もあったのかもしれない。ポケモンで携帯ゲーム機の可能性が広がったことで、それまでたいして力を入れてなかったメーカーも、ポケモンに続けとばかりゲームボーイでリリースしていく(結局、もどきモノばかりだったけど)。つまり、メーカーの興味は次世代ハード&携帯ゲーム機にいってしまった。その結果、スーファミのポジションは旧世代ハードという位置づけになり、1996年に本体価格を25000円から9800円にまで値下げしてしまう(もう少し早く値下げしてほしかった)。

1997年、ロッピーでの書き換えサービス(ニンテンドウパワー)を開始するも、やはり時代は次世代ハード&携帯ゲーム機。それほど反響もなく、2002年にニンテンドウパワーサービス終了。翌年、本体生産終了といった流れ。


ま、個々によって回答は様々でしょうが、ハッキリ言える事は、スーパーファミコンは偉大ってこと。作品のリリースがなかろうが、永遠に稼動し続ける名機。だからスーファミは終わってなどいないのさ!!


おしまい


posted by ふうのしん at 09:04 | Comment(45) | TrackBack(2) | 企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スクウェアがFF7をプレイステーションで発売すると発表したとき

・・・これ正解だと思います。
FF7のCM(告知版)は衝撃でしたもん。
Posted by at 2010年07月24日 12:01
何年か前にディスクシステムの書き換えサービスの終了という記事を
どこかで見ましたよ

FF7はコンビニで予約販売してたのも影響が大きかったですね。

個人的には、3D対戦格闘ブームの流行があると思います。
当時、ゲーセンでも家でもバーチャファイターばっかりやってましたから
鉄拳はあまりやらなかったけど
Posted by at 2010年07月25日 00:42
お初です(現代視覚…からリンクして来ました)。

今にして思うと、やっぱりソフト価格の高騰+FF7の存在+バーチャルボーイの失敗による信用の失墜がでかかったと思う。

(この手のブログは携帯からだと読みにくくて敬遠しがちなんですが、興味深い内容だったもので最後まで読んでしまった。また来ますW)
Posted by at 2010年07月25日 05:44
最後の、

>作品のリリースがなかろうが、永遠に稼動し続ける名機。だからスーファミはまだ終わってやしないのさ!!!

というお言葉に感動しました。ヽ(・∀・)ノ

19年前に購入したウチのスーファミも未だに現役バリバリで稼動していますね。

本体が日焼けして
かなり黄ばんでいますが・・・(苦笑)
Posted by ピコピコ団 at 2010年07月25日 08:11
「リッジレーサー」が実際に動いてるのを見て、スーファミが終わったと感じた。「リッジレーサー」、「キリーク・ザ・ブラッド」等のゲームはスーファミでは無理だった。
Posted by at 2010年07月25日 21:39
カートリッジが入ってXみたいなのはX,GXの続編G-NEXTですね
サテラビューで追加データDLして挿す。
バス釣りNo.1とかもそうです。

G-CENTURYのロードはもうね。さっさと続編出せ。


スーファミターボはカセットとしてスロットが2つある物体を本体に挿し
そのスロットにゲームソフト(大きさは普通のカセットの半分以下)を挿して遊ぶものです
1人なら左側だけですが、右にも同じシリーズのゲームを挿せば
データを持ち寄って対戦できたりします。
ガンダムではGジェネの元になったゲームとか。
Posted by at 2010年07月26日 03:43
明確に終わったと感じたのは
プレイしたいと思うソフトが無くなった時だな。
具体的に言うとFEトラキアプレイし終わった時。
Posted by   at 2010年07月26日 07:28
友達の家でPSの闘神伝をプレイしたときかな
Posted by at 2010年07月26日 15:05
今回ふうのしんさんの
>スーパーファミコンは作品のリリースがなかろうが、
>永遠に稼動し続ける名機。
>だからスーファミは終わってなどいないのさ!!
に感動しました(´;ω;`)ブワッ

明確な終わりを位置づけるとしたらPSでFF7の台頭
そして何を血迷ったのか任天堂のROMへのこだわり。
やはりこれらがスーファミの寿命を縮めた気がしますね(;^ω^)
Posted by おのじ at 2010年07月26日 22:09
DQ6をクリアした時SFCは終わったと思いました。
ついでにDQ7をクリアした時
PSが終わりました。
さらにDQ8をクリアした時PS2が・・・
Posted by at 2010年07月26日 23:03
現在もそうですが、CD-ROMへとメディアに乗り遅れたのが技術イメージ的に痛かったと思いますね。
Posted by at 2010年07月27日 06:41
ぼくはROMにこだわったのは分かる気もします。
単純に子供にとって、CD-ROMのロード時間がイヤでしたもん。
あとCDってキズがつきやすいですよね。
子供のためを思えばこそ、異常に丈夫なスーファミでいきたかったのかもしれないですね。

サテラビューとかローソンの書き換えとかは「え?今更?」って思っちゃいましたけど、けっこう無理して斬新なアイディアをぶっ込み続ける守りに入らない姿勢が任天堂らしいなあと感心もしました。
Posted by at 2010年07月27日 09:30
今思えば、スーファミの頃の任天堂はちょっと頭おかしくなってた、金・かね・カネっ!って印象しかない。

当時搾取されてた子供としては、その後の凋落の時に潰れてしまえば良かったのになぁと、今でも思う・・・惜しかったなぁ・・・GBさえなければっ(笑)


Posted by at 2010年07月27日 11:01
スーファミが終わったと感じた時ですか。
個人的にはまだ現役でも通用すると思うのですが、明確に“任天堂が“次”に移ろうとしているな〜”と感じたのはスーパーマリオRPGのCMで「スーパーファミコンが4000円安くなるクーポン券付き♪」という謳い文句が流れた時でしょうか。
スーファミも安く買える時代になったんだなあ…とちょっと寂しくなったのを良く覚えています。
Posted by じぇふ茶 at 2010年07月27日 19:43
ドラゴンブレイドです。

自分はスーファミは今でも現役です。むしろレトロゲーム機はどれも現役です。自分はファミコンからゲーム始めた人間ですが、総合的に見れば個人的にスーファミの方が好きです。

あと、自分はカートリッジ派です。CDは読み込み長いのでカートリッジの方が良いです。

スーファミターボ持ってます。当時ガンダムジェネレーションがやりたくて購入しました。
Posted by ドラゴンブレイド at 2010年07月28日 01:00
ん〜ポリゴンゲー(バーチャとか)の人気が出だしたころかなぁ。個人的には。
子供ながらに、こりゃスーファミじゃ移植は無理だなとオモタ。
Posted by at 2010年07月28日 03:13
プレステやサターンが出た時点で終わりかなっと思ったのは俺だけ?
他にも上のような原因はたくさんあるけどまずは次世代機のことはちゃんと触れておかないとね。
Posted by ? at 2010年07月28日 14:00
当時そうは思わなかったけれども、今思えばFF6が出た時あたりだったなあ。
FF6自体は物凄くデキが良いわけじゃなかったけど、SFCで表現できることは一応やり尽くした感じだった。
にもかかわらず、以後グラフィック的にFF6に比べてのアドバンテージが大してついてないような作品が、32Mbit以上の大容量ソフトという看板のもと高値をキープしていたせいで、なんだか損をしている感じがした。
しかも大作RPGが多かったせいで、RPG好きな連中がSFCに固執してるという雰囲気が生じていて、次世代機で早くもポリゴンの恩恵を受けていた格ゲーやレースゲーのファンとの温度差が生じていた。
Posted by tkb at 2010年07月28日 21:26
25000円から一気に9800円に値下げですか
そういえばその時にFF5の中古と一緒に買った気がする
それまではPCエンジンDuo一辺倒でしたが・・・
59800円・・・よく買ったな、学生のオレ
FF7は「SFC終わた」と言うよりも、「PS始まった」って思いでPS買いました
ちょうど値下げされたし
G-Centuryは続編出して欲しいですね ロード無しで
ガシャポンウォーズもいいんだけど、2Dの流れのを是非
Posted by せろお at 2010年07月28日 22:15
説得力ある解説ですねw

自分にとってSFC終わったと思った瞬間は音ですね。
音楽がすごく綺麗に聴ける(当たり前だけど)そしてポリゴンなどの3D映像を見たときは時代が変わったと思いました。
アランドラってPSのゲームをやったとき、正直ゲームのグラフィックやシステム・ストーリーなどなどは全部スーファミでできるけど、音楽だけは真似できない!って本気で感じました。SFCのテイルズファンタジと比べると・・・

ポリゴンは・・・メガCDの初期型で青空の中、クルクル回るMEGA CDのロゴを見たとき時代が変わる、3Dの時代だって思いましたが・・・でも今見るとまったく立体じゃなかった::
Posted by 名前はまだ有る at 2010年07月29日 02:55
個人的にはPCエンジンのCD-ROMに
何年経っても勝てなかった事ですかね(^^;
あとはメガドライブもCD-ROM化したのに
CD-ROM化しなかったのが大きいですね・・・
まぁ8ビット機で,あそこまでの事が出来た
PCEも奇跡的な機種でもありましたが
そのへんを差し引いたとしても
SFCは保守的過ぎたのかもしれませんがね・・・
Posted by すいむまっちょ at 2010年07月29日 12:08
ファミコン時代に4000〜5000円だったソフトが、スーファミになると8000円〜10000円になった。
その次の世代のゲームソフトは20000円くらいになるんじゃないか、と思っていたところに、5000円くらいのソフトラインナップのサターンやプレステが登場。しかも3D表示が苦手なスーファミと一線を画す処理能力。
スーファミ終わったな、と思いました。
Posted by at 2010年07月29日 13:06
任天堂がROMカートリッジにこだわった(現在もこだわり続けているの)は耐久性の問題。
子どもが扱うものだから、雑に扱っても壊れないという理由でROMにこだわり続けた。
Posted by at 2010年07月29日 20:38
PS版FF5をやったときSFCの音源の凄さを知った。
SFCの低音の表現力はすごい。PSではあの音が
まるで再現できていなかった
SFC、終わったハードだけど、新しいハードに
負けたわけじゃないんだ。
そんな感慨に浸ったのももはや数年前の話。
Posted by at 2010年07月30日 00:20
なんだか泣ける記事ですな
Posted by at 2010年07月30日 01:35
確かカートリッジに拘ったのは、CD-ROMはメディアが
安価な割にコピー防止の技術が無かったから、
というのも理由の一つだったかと。
Posted by WN at 2010年07月31日 22:24
スーファミターボって、SDガンダムXのようなやつ?

何気に初代Gジェネです
Posted by at 2010年08月02日 03:46
もう出てますが、SS,PSが発売した時ですね。
FCもPCEをやって、「もう終りかな、、、」と思いましたよ。
その後に発売したDQ4をやっても、拭えませんでした。

GCなんか終わり所か、始まりの記憶が、、、。
Posted by かめのこ at 2010年08月03日 02:23
1994年末頃かな。ゲームショップに行くと、PS、SSの大々的なプロモーションが行われてて凄かった。
今だと伝わりにくいかもしれないけど、当時はアマゾンとかは無く、ゲームはゲームショップで買うものだったから、お店の雰囲気が次世代機メインになった時は、本当に衝撃的だった。
Posted by at 2010年08月03日 05:44
携帯機は新型出るたびに終わった感があるけど、据え置きハードは大学のサークルとかクラブとかに必ずっていいほど置いてあって現役な感じがする。家でも親戚の家とかにはまだ置いてありそうだ。
Posted by at 2010年08月04日 00:11
正直PSやSSなんて当時の小学生には高過ぎでしたし
SFCも店によっては普通に値下げしていたし
ソフトは確かに発売直後は相当高かったですが
発売日にソフトなんて買って貰えず、
周りも含め中古や誕生日プレゼントとかでやりくりしてましたからねぇ。
明らかにSFCが空気になったのはやはりFF7辺りになりますね。

この辺はDSが割と普及した後でも
GBAで遊んでいた小学生がボチボチいたのと似た感じなのかな
Posted by at 2010年08月09日 21:21
SSやPSが出た時はこりゃすごいって
思いましたけど、RPGはまだまだSFC
がメインでした
ちなみにG−センチュリーは読み込み
うんぬんよりぶつかりのないおのクソ
みたいな戦闘システムにあると思うのですがどうでしょう
Posted by くうやん at 2011年03月06日 06:05
やっぱりFF7ですかね・・・。
自分当時小学3年だか4年くらいだったんですが
発売が近付いてきたら、もうクラスでもクラブでも
FF7の話でもちきりでした。

正直、それまでは自分の周りではDQ派が多くて
FFの話はある程度ゲームが好きな男子の間でだけ
みたいな感じだったんですけど、なぜか7は
女子すら話に混じってくるような状態でした。
珍しく女子が最後までクリアしていたりとか。
美形キャラがどうこうっていうと印象がよくないようだけど
単純に『カッコイイ』と思えるキャラがいた
ってのは効いてたと思います。

男子の方も、まだSFCでもってる家が多かったのが
FF7のために買ったor買ってもらったって子が多くて
実際うちもFF7だけのためにPSを買いました。
その辺りから、中古ですらSFCのソフトを買ったという
話をあまり聞かなくなり、ある程度PS作品の中古が
出回るようになってからは完全に消えてましたね・・・。

むしろPS2が出る前の1〜2年くらいに
ちょっと再燃したりしてましたがw
Posted by at 2011年07月30日 09:17
スーファミで一番高かったのは、三国志じゃなくて、囲碁ソフトの\15800じゃなかったかな??
動画サイトの全sfcソフトでも見たから間違いないはず。

この頃からファミ通の情報はアテにならなくなったからなあ。
Posted by at 2012年02月26日 07:50
↑すまん、載ってるのはファミコンだったのか。撤回。
Posted by at 2012年02月26日 07:51
まさかPSの前身が幻のスーファミCDだったとは!
Posted by 始業前の青魔導師 at 2013年01月06日 14:27
自分はプレステやらサターンやらで忙しくなってスーファミは存在すら忘れていましたね。
64とか出てたからもっと忘れてましたw
当時のプレステの勢いが凄まじくてこっちがおいつくのに必死だったような。そうこうしてる間にプレステ2出てFF10で〜・・・でしたね。
でも小学生のころ友達の家でやったファイナルファイトの衝撃は今でも忘れません。
ありがとうスーファミさん
Posted by at 2013年04月05日 16:21
本当かはわからないけど最初FF7はN64で発売するとスクウェアと任天堂で決めてたらしいけどN64の発売する日が遅く任天堂ともめてPSで発売することになったとかどこかで聞いたなぁ。
なので今は仲がいいけどFF7発売後のしばらくはスクウェアと任天堂は仲が悪かったんだってね。

Posted by at 2013年06月08日 01:30
ただ、カセットにこだわった結果その後の任天堂のROMカセット技術はすごいことになってたから我が道を行くのも面白かったといえば面白かった。
だって64もカセットであんだけの3DCGを映し出して、GCでやっとディスクになってもDSは長いことカセット。やっぱ子供にはいつの時代もカセットが馴染むもんだなぁとDSでワイワイ騒ぐ小中学生を見てひしひしとゲームの原点を感じてました。
Posted by at 2014年06月13日 23:14
円盤のnow loadingは気持ち悪いんだわ。
Posted by at 2015年08月07日 09:58
now loadingもそうだけど、円盤機は実際故障が多かった。
特にPS2の脆弱ぶりには呆れました。
ドリキャも修理には出したけどまだいい方。
その前の時代の「技術のソニー」って誰が吹き込んだ嘘だったんだろう?
Posted by at 2016年02月06日 21:46
俺はPSよりもやはりドリキャスの方が脆弱だったなぁ
なんか知らんが急に電源が入らなくなって修理に出したことが何度かある。あとコントローラーのLRが弱すぎる。
now loadingはネオジオに比べりゃ全然マシだし、なによりも新品1万に比べりゃよほど良い。
やっぱスーファミ時代の任天堂の驕りはひどかった。驕れるものは潰れるなんてのは古来からの常識だわなぁ
Posted by at 2017年02月22日 15:05
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スーパーファミコンが時代から消えた5つの理由
Excerpt: 今の30歳前後であれば間違いなくはまっていたであろう、スーファミことスーパーファミコン。個人的には史上最強のゲーム機であったと思っております。 そんなスーパーファミコンが時代の表舞台から姿を消すことに..
Weblog: blogs.com
Tracked: 2010-07-26 14:00

[Game][SFC]
Excerpt: れとろげーむまにあ: スーファミが終わったと感じたとき
Weblog: caprinのヲタ更正日記
Tracked: 2010-08-01 00:41
→自作サウンドノベル『ゴーストソング』
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