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2009年02月20日

次世代ハードがもたらした悲劇について考えてみた

お久しぶりです。
少々忙しく、更新が滞っておりました。
今回は「銀魂」のゲームネタが面白かったので、それをとりあげてみたいと思います。読んだ人多いとは思いますが。そして当時のゲームと現在のゲームを比較してみました。



んじゃスタート。



銀魂第247訓「なめらかなポリゴンは人も心もなめらかにする」より抜粋。














































うむ。さすが銀さん、私の言いたいことを全て代弁されておられる。昔、ある程度書いたが、これについてはファミコン世代の共通認識でもあると思う。

まずグラフィックについて個人的な感想を述べてみる。
当時の家庭用ゲーム機のグラフィックは、少ない色数でどれだけ表現できるか!これがテーマでもあった。いまでこそ表示可能色数は1600万色以上なんて当たり前になってしまっているが、ファミコンに関しては52色。その制限なのかで表現していたのである。

その後、新ハードが登場するにしたがって表示色数は増加していき、94年の次世代機PS、SSの登場により、3DCGでの表現が主流になっていった(PC-FX除く)。当時は真新しいということもあって、どんなジャンルの作品だろうが次々と3Dポリゴン化されれていく。しかしそれはグラフィックの向上とともにゲームシステムがおざなりになっていくという、ある意味ゲーム業界の衰退ともいえる現象が起こる。

グラフィック性能の向上自体は悪いことじゃない。
グラフィック技術の向上は、ゲームの演出にも多大な影響を与える。3DCGによってリアルな映像が表現できるようになることは、よりドラマチック、より映画的なシーン(ムービー)を演出できるということになる。つまり、グラフィック&演出が進化していくことで、作品の世界観が詳細に表現できるようになった。



しかし、


「作品の世界観が詳細に表現できる」


ということは、長所であり短所でもあった。
グラフィックの向上は、銀さんが言っているように、「世界観を想像して楽しむ」という娯楽を奪い去ってしまったのである。この影響をモロに受けたのがRPGか。リアリティを追求した末に訪れた悲劇と言えよう。



ここでゲーメストの編集でおなじみの石井ぜんじ氏のコラムを読んでいただきたい。



ゲームの彼岸にて第12回 敬意という名の鍵より抜粋

文:石井ぜんじ

「ゲームとは、時の流れによって大きな変貌を遂げてきた怪物だ。ハードの進化によって、ゲームは百面相のようにその形を変え、様々な顔を僕たちに見せてきた。そしてゲームが変わるにつれ、僕たちプレイヤーも大きな変化を受けざるを得なくなった。ゲームはその内容にゲーム性という心を持っている。人間同士でも、性格が変わればつきあう人たちも変わる。ゲームもその中身が変われば、集まってくる人たちの気質も変わるのだ。かくして、あの頃のゲームはよかったね、とそれぞれの世代で別々に語り続けられていくことになる。

もともとゲームとは、ルールに基いて進められる勝負事だった。野球や将棋などは、原始的なゲームがそのままの形で今に残っている。その魅力とは、厳格なルールの中で実力を競うところにある。結果を出せない選手はお払い箱。その厳しい環境の中で鍛えられた、スター選手や名人の繰り出す魔術に人々は酔いしれるのだ。

80年代までのビデオゲームの中身は、野球や将棋などの原始的なゲームに近かった。ルールは厳正極まりなく、それに適応できないプレイは容赦なく淘汰されていく。僕たちはその難問に挑み、なんとかクリアしようとあがいてみる。それに成功するのは一握りのプレイヤーだけだ。僕たちは頭脳をフル回転させて努力し、攻略本や上手い人のプレイを見て盗みながら精進を重ねた。長く遊ぶために上手くなる、上手くなればその先にもっと楽しいことが待っている。これは当時のプレイヤーの共通認識だった。

このような共通体験からは、同じような価値観が生まれてくる。それは上手いプレイヤーに対する尊敬であり、素晴らしいゲームを作り出した開発者への賞賛の念だった。このようなベースがあったからこそ、コミュニケーションもスムーズになった。人はそれぞれ個性があるし、ひとりとして同じ人間はいない。しかし共通した価値観があるからこそ、他人同士でも話ができるし、一体感をもてるのだ。

古き良き時代は、「ゲームが好きだ」という一言で、十分に分かり合えることができた。しかし時が経つにつれゲームの幅は広がり、その定義は曖昧模糊としたものになっていく。競技としてのゲーム性は薄れ、キャラクターや物語の魅力という、まったく別の領域がゲームを侵食していった。

これは現象だけで見れば良いことでも悪いことでもなく、必然の流れであったとも言える。ハードが進化する過程で、サブカルチャーとしてのゲームが一般大衆の娯楽として認められていったのである。そのおかげでゲーム産業は巨大化し、それに携わるものたちは大きな恩地を受けた。

しかしゲームが多様化したことは、プレイヤーから大事なものを奪い取った。それはゲームに対する共通認識だった。ゲームの定義が曖昧になるにつれ、プレイヤー自身もゲームとは何か、よく分からなくなっていく。大勢のゲーマーをまとめ、動かしてきたパワフルなエネルギーは空転し、人々は徐々に冷えていった。古株のゲームデザイナーたちは首をひねりながら、熱の冷めた原因を特定できないでいる。」


以下略



この石井ぜんじ氏のコラム、とても共感できる。価値観や共通認識の崩壊は、ゲームの多様化が招いたと述べられているがそのとおりだ。


ゲームの多様化。
それはいろいろなことを指しているが、ここではハードの多様化、ジャンルの多様化について述べてみたい。

まずハードの多様化についてだが、当時であれば一家に一台といわれたファミコンの独壇場であった。それは任天堂の独裁国家だったわけだが、実はそれがもっとも安定したゲーム業界を構築していた時期のように思えてならない。絶対的なハードが君臨しているおかげで、ユーザーは安心してソフトの質だけに集中できていたのである。

現在たるや、据え置き機ではWii、PS3、Xbox360の三国時代。まずユーザーはどのハードを購入するかで迷うのである。


「プレイしたい作品がどのハードでリリースされるのか確認してから買う」


雑誌などで見てみると、こういう考えの人が多かった。
つまり、当時のようにハードを買ってからソフトを選ぶのではなく、ソフトがどのハードで出るかを確認してからハードを買うという逆転現象が起きている。結果、次世代ハードの購入意欲を著しく低下させていることにつながっているように思えてならない。ただでさえ大不況の真っ只中である。すべての作品が全ハードで供給されるとは考えにくいこともふまえ、ハードの多様化がこれ以上複雑にならないことを願うばかりだ。




ジャンルの多様化については、こんだけ出ればもうおいそれと新ジャンルを開拓できる状態ではないだろう。どんなゲームを作ろうが「あのゲームにシステムがそっくり」なんて当たり前である。

なので、著作権がどうこうとか、昔以上に厳しくなったのだろうが、あまり意味が無いように思ってしまうのは私だけだろうか。こんなご時世である。ソフトメーカー間で争っている場合じゃない。パクられることは誇りに思うくらいで臨んだらどうだろうか(てきとう)。



「時が経つにつれゲームの幅は広がり、その定義は曖昧模糊としたものになっていく。競技としてのゲーム性は薄れ、キャラクターや物語の魅力という、まったく別の領域がゲームを侵食していった。」


と石井氏は述べているが、これはアクションやシューティングなどの単純にスコアを競うジャンル、つまりアーケードゲームの作品からコンシューマーのゲーム(RPG)への流れについて語られている。確かにこれは一理ある。

石井氏が述べているように、もともとビデオゲームとは厳正なルールに縛られた中で、いかに高得点をたたきだすか、これだけだった。ゲーム業界を牽引してきたのはキャラクターをリアルタイムで操作するジャンルが多いアーケード市場。上手くなる為には攻略本、上手い人のプレイから盗み取るという行為は必須であったのだ。

私の場合、スト2とサムスピが印象深い。
ゲーメストのスト2攻略本を買い、研究し、ゲーセンで1コインクリアした時の感動はいまだに忘れられない。ちなみにラスボスのベガを倒すときは、バックジャンプ後のサイコクラッシャーを昇龍拳(根元)で叩き落とし、ギャラリーをエンディングに釘付けにしたままニヒルに無言で去っていくのがカッコイイと思っていた(バカ)。私の地元では当時、通信対戦台がなかった。だから、対戦するときは2人並んでプレイしていた。そのため、他のゲーマーとのコミュニケーションがとりやすかったのも事実である。



ジャンルの多様化は、そのままゲームの共通認識の多様化に直結し、RPGの台頭によって、


「ハイスコアを競う」


という共通認識は駆逐されていくのであるが、ジャンルの多様化は、結果的にゲーム業界に多大な恩地をもたらしたのは間違いない。ただ、ゲームのありかたとは何か?ということを考えさせられる石井氏のコラムであった。





次にサウンドについて述べてみる。
比較対照としてファミコンとPSを挙げてみるが、ファミコンは3和音(同時に3つの音を再生)+ノイズ1音。PSは48音。これだけみてもいかに進化してきたかがわかる。映像の進化は演出の進化につながり、その演出は豪華なサウンドにより支えられている。そりゃそうだろう。映像は美麗でも音がファミコンのような音では世界観もなにもあったものではない。


映像+サウンドの進化=演出、世界観の表現の向上


こういうことになる。
これはゲームという娯楽がエンターテイメントに豹変していくことを指す。私としてはゲームに求めるものは、あくまで「ゲーム」であって、断じて「エンターテイメント」ではない。しつこいようだが、エンターテイメントなら映画を観たほうがいい。これも銀さんと同じ意見である。CGムービーや美麗なグラフィックという売り込みは正直もうウンザリだ。また、エンターテイメントになってしまった作品のBGMはまったく思い出せない。それほど印象が無いのである。世界観に合わせ、サウンドもオーケストラや重厚なサウンドになっていったが、これが良かったのかは甚だ疑問である。



ここでユーザーからの不満を調べてみた。
少し前だが、ゲームラボ2005年12月号に記載されていたので抜粋してみる。



いまのゲーム業界への不満は?

1位ソフトの値段が高い
2位続編、シリーズものばかりでマンネリ化が著しい
3位発売延期が多すぎる
4位映像はキレイだが中身がダメ
5位新ハードが出る間隔が短すぎる
6位購買意欲が湧かない、つまらない
7位値下げ、ベスト版になるのが早すぎる
8位業界に元気がない
9位規則が多すぎる
10位不具合・バグが多すぎる


さすがユーザーの正直な意見。わかりやすい。
1位はソフト価格か。SFC時代に問題になったが、PS時代にメディアがCDになったことでおよそ5000円前後に落ち着いた。しかし、現在ではソフト価格がまた上がっている。ハードが進化すると開発費も高騰する。オッサン的には、CGに費やしている時間があるのならば、その分をゲームシステムを練るのに費やしてほしい。D3パブリッシャーのように、低価格でシンプルな作品を作るという発想もアリだと思う。

2位の「シリーズものばかり」という意見はちょっと前にPSの記事でも採り上げたが、しかたがないことなのかもしれない。ソフトメーカーは次世代ハードの開発費がかかるという理由から、冒険をするよりは安定した需要のある作品を出す、こういうことである。コナミで言えばパワプロ、ウイイレに代表されるマンネリゲームだ。昔のコナミはいろいろな作品に手を出していたのだが、さすがに当時のようなことを望むのは酷であろうか。

5位「新ハードを出す間隔が短すぎる」
同感。早すぎるだろう。特にPS3。先取りしすぎた感がある。
PS2で十分なのに、なぜこうも焦って発売してしまったんだろう。価格は高いわ、ソフト本数は少ないわ、ユーザーからすれば買うのを躊躇ってしまう要素が多すぎる。加えて開発費も尋常じゃないらしく、ソフトメーカーからの不満も多い。PS2持っているユーザーがどれほどPS3に流れたのか知りたいところ。ぶっちゃけ、ポケットにPCを入れている場合じゃねーだろソニー!って気はする。ハードの世代交代が早すぎると深刻なユーザー離れを引き起こす要因のひとつに発展する恐れがあると思うのだが。




こんなところか。
あくまで個人的な見解を述べさせていただいたが、皆様はどう思うのだろう。ゲームとは何か?ゲームに何を求めているのか?。そのとらえ方によって様々な意見があるだろう。

前回高橋名人の記事で、最近有名になったゲーマーさんはいない、みたいなことを書いたが、主流がRPGな現代では当然のことにも思える。シューティングやアクション全盛期では高橋名人、毛利名人や橋本名人、河野名人などを含め、カリスマ的なゲーマーが数多く存在した。ドラクエ登場後、大半のユーザーの興味はRPGに移行。それ以後、名人はバーチャで鉄人と呼ばれた人達の登場まで忘れ去られることになる。スターソルジャーにしろ、バーチャにしろ、キャラクターをリアルタイムで操作するゲームだ。RPGやシュミレーション、アドベンチャーで名人なんか聞いたことがない(当たり前)。

また、高橋名人は、最近の子は冷めていると言っていたが、それはゲームに対する感動が無いからではないだろうか。今の子らは、ゲームを始めた頃からすでに3D表現ができたPS、SS(ポリゴン)世代だろう。だから少なからずグラフィックやサウンドに感動を覚えることが無い。なぜならグラフィックがキレイ=スタンダードなのだから。

我々古参のゲーマーは、良い意味でも悪い意味でも純粋だった。だから高橋名人の16連射にも憧れたし、また、悪意あるメーカーにだまされたりもした。情報はゲーム雑誌のみという時代である。情報が少ない為、数多くの都市伝説も生まれたのだ。それらはインターネットの普及によって消え去ってしまうわけだが。

インターネットの普及がもたらした恩地は計り知れない。っが、それによって大事なものを失ってしまったことも事実である。それはどんな情報だろうがすぐに手に入るということ。ゲームをプレイして、少しでも迷ったらすぐにネットの攻略サイトを見てしまう。だから作業的なプレイしかできない。そういう行為でプレイした作品は記憶に残らないものである。情報が少なく、苦労してクリアしたレトゲ作品=思い入れのある作品として美化されてしまうのはこのためだ。

でも現代人は時間が無い。
だからそういうプレイは悪いとは言わない。
実際私も迷ったら(迷う前から)攻略サイトを見て作業的にプレイするスタイルがスタンダードになってきた。特にギャルゲー。昔のギャルゲーはゲーム性があった(分岐が多い)ものが多かったが、最近の作品はほとんど分岐が無い。なぜなら、すぐ攻略サイトに攻略ルートがアップされてしまうからである。分岐を作るのもアホらしくなるだろう。

ただ、そんな作業的な遊び方で本当に面白いか?と問われれば答えはノーである。メーカーもユーザーも「ゲームとは何か?」ということを今一度、原点に返り、考えなければならない時期なのかもしれない。



おしまい



3月3日追記
たくさんのコメントいただきましてありがとうございました。いろいろな方の意見が聞けてたいへん勉強になりました。人それぞれ価値観は違うし、世代によっても意見がわかれるのは当然のこと。それでもやっぱり自分の価値観は狭いなあとつくづく実感(汗)。ありがとうございましたm(_)m
posted by ふうのしん at 13:49 | Comment(63) | TrackBack(1) | ファミコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も当時、良く攻略マップみたいのを自分で作成していました。
今は、ネットの普及によって、簡単に調べる事ができてしまい良しも悪しもと言った感想がありますね♪

>現代人は時間が無い。

なぜか寂しい感じがします。
"ゲーム"って何なんでしょうかね♪
この記事を見ると昔のハード機の時が、一番熱中していたなぁ〜と思いださせてもらいました
Posted by ケイ係長 at 2009年02月20日 22:09
引用元の文章はアーケードのアクション・シューティング→RPGなんて変遷は語ってねーよ。
ゲームの初期からRPGやSLG、ADVだってあったし、それらの攻略のためのコミュニケーションだって取られてた。
ただ現在は、クリア自体の難易度が当時に比べて引き下げられて、本来はゲームの味付け程度だった物語を見せるのが主軸になってる、って言ってんだろ、読み間違えんな。
それにRPGにはハイスコアの追求がないかっつったらあるだろ、自分の狭い価値観の中だけでモノを語るな。
Posted by Atuyan at 2009年02月20日 22:36
「OSはCUIで十分!GUIなんて必要ない!」
と言ってる連中と同じ気持ち悪さを感じた。
がんばって技術開発して乗っけても「昔の方が良かった。今は邪道!」なんて言われちゃ、技術屋としては悲しいわね。開発側のオナニーと言われればそれまでだけど。
Posted by PG at 2009年02月21日 02:03
古参ゲーマーと言われている人達は3DアクションやFPS・TPSをやらないのだろうか?
3D技術の進歩がなければこれらのジャンルも生まれなかったのに。
映画的演出のみを挙げて3Dの進化を否定するのは間違っている。

ただ、DSだけは3Dゲームを認めない。
Posted by   at 2009年02月21日 05:38
>ケイ係長さん
確かに。
もっとゲームをやりたいんですが、なかなか時間がとれません。私はすでにゲーマーとして失格かもしれないです。


>Atuyanさん
私の記事で激しい憤りを感じたようで、
申しわけありませんm(_)m
思ったままを書いてみたのですが、突っ込まれて気づきました。本当に狭い価値観ですよね私は(汗)。
ただ、ブログでは正直に書くことにしてますので、これからも思ったまんま見当違いなことを書いてしまうと思いますが、またご教授願えれば幸いです。ありがとうございました。

>PGさん
そうですね。
私もいまさら、どっかの中年親父みたいに、
「最近の子供(ゲーム)は・・」
見たいな事書いてどうすんだと思いながらしあげてしまいました。銀魂ではネタとして書いてるから面白いけど、この記事のように中途半端に書いて批判されてもしょうがないですね。いまのゲームがすべて悪いわけじゃないですし。私もそろそろ足を洗う時期なのかもしれません。コメントありがとうございました。

>名無しさん
私はいちおうプレイしてましたね。数は少ないですが。TPSってのははじめて聞いたんですが(オイ)。FPSは、DOOMとゴールデンアイ007くらいです。クリアしてませんが(汗)。どうも視点がぐるぐるして目が痛くなるのは年のせいでしょうね。3D作品を全て悪いといっているような、説明不足の記事ですいませんでした。DSでは確かにスペック的にかなりかなり無茶してる印象ですね。特に感じたのがFF3。戦闘時とか動きが鈍いというか、テンポが悪く感じました。
Posted by ふうのしん at 2009年02月21日 07:06
Posted by at 2009年02月21日 07:07
初めの銀魂の時点で旧世代も新世代もお互い様って結論が出てるのにそこから次世代ゲーム&ゲーマー叩きに持ち込むから不快な雰囲気の記事になるんだと思います。

最初っから今のゲームに対する不満オンリーで書いておけばまだストレートで良かったのに
Posted by at 2009年02月21日 07:44
まぁ結局は一個人の好みという結論に達してまうので、そんな肩肘を張る必要もないとは思いますが…
ただ、最近の3Dグラフィックスの最大限に生かした作品に触れずに最近の○○は〜と叩くのは、ゲーマーとして非常にもったいないかと思います。自分はSFC世代ですが、当時ハマったゲームとMGS4やCoD4を比較しても、グラフィックスは言うまでもなくゲーム性に関しても後者達が劣っているとは到底思えません。(難易度選択で、初心者への敷居を下げつつ、ゲーマー向けの高難易度モードが用意されてることも珍しくないですし
今はVCやアーカイブスで簡単に昔のゲームがプレイできますが、思い出補正を入れても結構辛いものがありますし……
ただ最近スクエニがやってるDSのポリゴンリメイクに関しては自分もあまり歓迎できない派なのですが、今は下手にドットにするよりローポリの方が安く済むということも多いそうですし仕方ない部分もあるんじゃないでしょうか。
幸いまだドット絵ゲーや昔を意識したゲームが死滅したわけじゃないので、今の主流である3Dゲームを批判するより、そういうゲームを根気よく買い続けてあげるしかないのでは。
Posted by F91G at 2009年02月21日 16:50
「僕はゲームがしたいんですよね。ムービー見るんやったら映画見ると思うんですよね。」(ゲームセンターCX第34回放送より)

有野課長が言ったこのセリフに共感した。
美麗なCGとムービーを詰め込んだだけのゲームは「ゲーム」ではない。
Posted by at 2009年02月21日 20:13
様々なコメント見て思いましたが、今も昔もゲームの楽しさって、最適化にあるような気がしました。
STGやACTなんか顕著ですけど、敵の行動パターンを覚えて最適な反応を返すことが上達であり、上達もしくは上達した自分ってのがゲームプレイのモチベーションだったりしませんか?この構図はRPGだろうとPZLだろうと、美麗なグラフィックのFPSだろうとスターソルジャーだろうとそう変わらない気がするんです。(所謂「やりこみ」は「不適な方法を用いた場合」の「最適解探求」が多いですよね)

表現力向上が云々に関しても、それ自体はコメント欄の意見が正しいんじゃないかと思います。ただ、やれることが多くなった弊害も人によっては感じるってだけのことでしょう。設定された明確な目標に対し、ひたすら打ち込んで最適解を求めるのが楽しい人には、まず目標を探さなきゃいけない自由度の高さは面倒なだけ。
「半端な」表現力向上が不満ってケースもあるかも。極限まで鍛えたファイア3000ダメージより、覚え立てのファイガ1000ダメージの方が派手なエフェクトなのは何でやねん、的な。まぁそれを映像で再現しろってのは現実的に不可能ですし、仮に出来たとしても、それが「ゲームの楽しさ」なのかは疑問ですけど。

長文、失礼しました。
Posted by shus at 2009年02月21日 21:20
サウンドの進化の恩恵を十二分に受けた音ゲーマーからしたらこんな意見まさに「灰になれ」です。昔に戻るんならRPGだけで勝手にやっててください。
Posted by Yoshi at 2009年02月21日 23:00
極めて同感です。
>>Yoshiサン

音だけじゃなくグラフィックの進化でも相当恩恵得られてますよ、どのジャンルでも。
Posted by hari at 2009年02月21日 23:52
批判的な方々に申し上げたい。
ここは『れとろげーむまにあ』というページなんだってこと忘れてません?w
意見が偏っても仕方がないと思うのですが・・・どう思うかなんて人それぞれなのに。自分が否定されたような気分になっている方は考えすぎなんじゃ?(汗

正直昔のゲームも今のゲームも良いところもあれば悪いところもありますしこの問題は永遠のものでしょう。ゲームという業界が続く限り・・・。
Posted by ヘーロー at 2009年02月22日 00:12
ちょうどFCとSFCの世代交代ちょい前の話だけど堀井雄二氏と宮本茂氏の対談があったんだが、そんなかで宮本氏が堀井氏にSFCはFCに比べて表現力的に楽だから、やりなさいよと勧めているのが印象的だった。
高いレベルの作り手さんは、より高い所を目指してるから良いけど、それなりのレベルの作り手さんはハードの性能に甘んじてしまう気がする。すべての会社がそういうわけではないけども、FC時代はソフト面でハードを補う努力がされていたと思う。
だからふうのしん氏の言っていることもあながち間違いではないと思う。長文スマソ
Posted by レレレ at 2009年02月22日 01:13
とりあえずよくわかんないけどデモンズソウル面白いですよ!!
Posted by shika at 2009年02月22日 04:30
大変興味深い内容でした
これからも頑張ってください
Posted by fuji at 2009年02月22日 05:15
昔のゲームは「画面上にあるものは何か意味があって置かれている」のが基本認識だった。
容量的にも、表現力的にも、無駄を許す余地が少なかったから。
だからプレイする方としても、意味ありげな部分を突っつけば何かが起こるという安心感というか、暗黙の了解があった。
(それを逆利用した裏キャラなんてのもよくあった)

今のゲームはとにかく詰め込まれてて、見た目から意味を感じ取るのが難しい。
そのせいで美麗グラフィックの横に簡素なレーダーマップが必要だったり、宝箱が注意を引けるように異常にでかかったり、とにかく演出過剰のラセンに陥ってる気がします。

さすがに2Dに戻せとまではいえないけど、3Dだからこそ「簡潔さ、シンプルさ」が要求されるんじゃないかと感じています。

あと、こういう話題は必ず意見が割れるので大好きです。
Posted by at 2009年02月22日 06:52
PS3が出るのが早すぎるというのは批判はおかしいかと。PS2からのスパンは6年8ヶ月。これは今までのサイクルと比べてかなり長いほうです。PS>PS2が5年3ヵ月、64>GCも同じく。GC>Wiiも奇しくも同じ。XBOX>360なんて3年10ヶ月ですよ。
延期しまくりのSFC>64でさえ、5年7ヶ月しかたってません。
Posted by at 2009年02月22日 09:03
PS3はスパンの問題ではなく、先どりしすぎだと ふうのしん氏は述べている。
生産の深刻な問題を抱えたまま、販売に踏切ったのは期は熟していないと思われても仕方がない
Posted by レレレ at 2009年02月22日 09:45
 うーん、きつい言い方をすれば、最新ゲームソフトをやらずに、ネットの反対意見だけみて書きましたという感じがするのは、私だけでしょうか?

 別に、昔のゲームは良かったという懐古に浸る事は共感できますが、今のソフトでも面白いソフト
は、いっぱいあるし、一番の
考え方の違いは、「あくまで「ゲーム」であって、断じて「エンターテイメント」ではない。」の部分ですね。わざわざゲームの幅を
狭める必要はまったくないと私は
思います。
 こういった考え方を
する人が一番槍玉にあげやすいソフトは、メタルギアソリッドシリーズだと思いますが、このシリーズは全世界で2000万本以上売れていますし、なによりもゲームだからこそ、途中でインタラクティブに動かせる所があるからこそ、ムービーシーンで映画以上に感情移入して見る事も出来る、
私は思います。
 それに、高橋名人のインタビューから、最近の子は、グラフィックやサウンドに感動を覚えることが無いと書かれてますが、PS3を購入したときに普通に感動しましたけどね。それに簡単にネットに繋げられることによって広がった遊びの幅に関しても感激しましたけどね。
 れとろげーむまにあの記事の
内容から、れとろゲームに対しての愛情が感じられるので、最新
ゲームに対して興味が無いのは
理解できるし、人それぞれだと
思うので、個人的には嫌いでも
いいのですが、最新ゲームに
対しての批判の文章が、最新ゲームの一部だけを拡大して批判して
いるように見えるのは、いかがなものかと思います。
Posted by アンコツバキ at 2009年02月22日 09:49
いつも楽しく読ませていただいているナリ。
「自分の価値観でモノを語るな」と言っている輩がいたナリが、そもそもブログは自分の価値観でモノを語る場ナリ。内容が合っていようが違かろうがそれは大事なことナリ。

ふうのしん氏の、とりあえず正直な意見を書き、その後、コメントで他の意見を聞き、吸収していくというスタイルはいつもながら好感がもてるナリ。少なからず無難な内容しか書かない編集者やブロガーよりは信用できるナリ。説明不足のところはあったナリが、今後も頑張ってくれナリ。

Posted by 殺す毛 at 2009年02月22日 10:29
ナリてw
Posted by かまろ at 2009年02月22日 11:39
自分も音ゲーマーだしYoshiさんの意見は共感出来ますけど、ブログ的に言うならヘーローさんと同意見です。

少々意見が過熱しすぎ感がありますね…。
Posted by マサ at 2009年02月22日 12:34
いつも楽しく読ませて頂いています。
意見のコメントの割れが、凄いですね
ちょっと加熱している感がありますが…

ふうのしんさんのスタイルを崩さずにブログの更新をしていって欲しいです。

今回は、説明不足な所があったかもしれませんが、今後の記事に期待しています
頑張って下さい
Posted by ケイ係長 at 2009年02月22日 16:11
ふうのしんさん、はじめまして。
いつもブログ楽しく拝見しています。
この記事を読んで憤りを感じている方もたくさんいらっしゃるみたいですね。
ですが意見は人それぞれだと思いますし、もう少しみなさん冷静になるべきかと。
自分はふうのしんさんのこの記事を読んだときにこの考えは自分とは違うなあと思ったこともありました。
でも人それぞれ違う考えを持ってるんだな、その意見もあるのかというふうに納得しました。
そのように自分の考えを思ったままに書いているふうのしんさんにブログをやめていただきたくないし、
人それぞれ考えが違うのは当たり前なので
ここで議論をヒートアップさせるのはいかがなものか、と思いコメントしました。
これからもやめずに頑張ってください。

長文、駄文で失礼しました。
Posted by たー at 2009年02月22日 17:29
日本のゲームに関しては記事のほぼ100%が当てはまると思いますが、海外のゲームはまるで違います。
グラフィックが進歩した事で、むしろゲーム性が大幅に増したゲームもあるぐらいです。(GTAはまさにその象徴。)
他にも、海外で売れてるゲームの多くは、ゲーム性も高く評価されています。

>エンターテイメントになってしまった作品のBGMはまったく思い出せない
これは単に、その作品が気に入らなかったか記憶力がないだけで、プレイヤー自身に問題があると思いますが。


ソフトの値段については、最近上がりつつあるとはいえやはり昔の方が高いですし、ゲーム市場は低年齢層も多いので、この手の不満はいつまで経ってもなくならないと思いますよ。

シリーズものが増えている事については、言い方が悪いだけで、"ブランド"といえば他のどの産業にも当てはまります。 企業だって安定した儲けが必要だし、プレイヤーも安心して購入できた方が良いと思います。
昔はただ単にゲーム産業が出来立てほやほやで、ブランドが構築されていなかっただけです。

新ハードを出す間隔は、今も昔もほぼ変わりませんよ? だいたい5年周期で世代交代が起こります。 それに、PS2⇒PS3よりもGC⇒Wiiの方が短い事はご存知ですか?
後、遅くしすぎると、他のハードが大きな市場を形成してしまって、出す頃には決着がついてしまっている可能性だってあります。 N64がまさにそんな感じでしたし。


以上は最近のゲームが好きな人間の意見です。
Posted by 大谷俊 at 2009年02月22日 20:01
>ここは『れとろげーむまにあ』というページなんだってこと忘れてません?w

ハハハ、俺も最初にそれ思ったよ(笑
Posted by at 2009年02月22日 22:06
type-P作ってる部署とPS3作ってる部署は全然別物です。
Posted by at 2009年02月22日 22:27
プログラム等、具体的な技術については、最近のゲームの方が高いと思います。最近はフリーズを起こし得るようなバグが一つあると、他に良い要素がいくらあっても“クソゲー”となる等、シビアな話が多々あります。

開発が「冒険」できないので、冒険して色々作ってほしいという人は満足できないのかもしれませんね。そこらへんは、私も寂しく思います。

技術のハードルが高まるにつれ、どうしても「発売を延期しなければ品質を保てない」ことが多いのだろうと思います。ビッグタイトルは、新しいものほど開発期間が長い傾向にあるようですし(ドラクエ9・・・)。

まあ、本当に売れているゲームは、最近でも昔でも「ゲーム」として楽しいものが殆どだと思います。どうせ安いので、ベスト版が出たゲームを試しにやってみるのも良いものです(昔のゲームより骨のあるゲームが結構多いです)。
Posted by 通りすがり at 2009年02月22日 22:39
>>ソフトの値段については、最近上がりつつあるとはいえやはり昔の方が高いですし

ファミコン〜スーファミの時代がバブルだったので、同価格帯であれば今の方が高く感じるかも。スーファミ時代10000円以上とかよくありましたが、そういったゲームと、最近の9000円前後のゲームとは似た立場かもしれません。

また、ディスクロムはカートリッジロムと比べて

 「製造そのものは安い」
 「傷に著しく弱い」
 →(ユーザーが負わされるリスク)

などから、「ディスク媒体のゲームは安くあるべき」という前提が潜在的にあるかもしれません。だからこそ、多少高いだけでも目に留まるとか(想像)。
Posted by   at 2009年02月22日 22:42
音ゲーはあれだけ演出過多だけどスコア狙いっていう点はシンプルだよね?

RPGだって何だって今のゲームも根本はシンプルだよ

むしろウィズの方が中身が複雑だと思う

なんで「自分の頭が現代についていってない」と自覚できずに

「周りがおかしい」と言えるんだろうね?

そういう自己中心的な人の誹謗がゲーム業界の進化と深化を妨げてるよね

自分をもっと客観的に見たほうがいいよ

できるなら、だけど
Posted by 音ゲーマー at 2009年02月23日 00:25
今のゲームがつまらなくて昔のゲームが面白い。
そんなことを言うつもりはさらさらないし、管理人もそんなつもりはないんじゃない?
これは俺が勝手に読み取った感じなんで何とも言えないけど。

今も昔もつまらないゲームはつまらないし面白いゲームは面白い。
過去の詰まらないゲームの記憶は忘れられて、面白いゲームの記憶だけ残ってるのは当然なんだから微妙に偏った評価に見えるのはある程度仕方ない。

逆に今のゲームしかプレイしていない層には過去のグラフィクス等は刺激が足りないだろうし、今を否定されれば自分の感性を否定されたような気がして気分を損ねても仕方ない。

前置きが長くなった。
こういう前置きをしないと多種多様な世代が混ざり合うネットでの議論はただの喧嘩になるので書いた。

自分の意見としては、今のゲームがつまらないというのはいくつかの理由がある。
まず人材が集まらない。
昔はゲームは業界に入って作るしか未知がなかった。
PCでシコシコ作れなかったし作れても一般に公開できなかった。
今はPCスペックとネットの発達でそれが容易だ。
ADVゲームなんかは制作環境すら容易になった。
そしてコンシューマの売り上げが落ちた。
糞ゲーだろうと何だろうと出せば売れた時代と違ってユーザは手軽に全国の評判を手に入れている。
この状況でバブルの時代に出して売れただけの勘違いクリエータが幹部になっている時代に人材が集まるわけがない。
だからつまらない。

逆に個人で容易に作れないようなゲームで、確かな実力を持ったクリエータが率いる、売れるゲームを作るチームは相変わらず人材のクオリティが高い。
こういうゲームは面白い。
さらにハードの実力を引き出していればなお良い。
Posted by   at 2009年02月23日 02:07
共感出来る所もあれば、出来ない所もあると言ったところでしょうかねぇ。
特にグラフィックや音に関してだけど、システムやストーリーの内容をそれで誤魔化してるところがあり、劣化させてしまってるのあるけど、だからって今更昔みたい戻せる訳でもないからね。
正直、あんまり細かく指摘してもどうしようもないという考えもあります。
今の現状、グラフィックや音関係が一人歩きしてしまってるせいで、システムやストーリーが疎かになってしまってると思います。
とは言え、中にはグラも音もシステムもストーリーもいいゲームも出てるし、今出てるゲームすべてが悪い訳ではないですがね。

それと、よく今のゲームは「親切設計」で、考えてゲームを進めて行く楽しさが無くなり、それが原因でゲームをする意欲もなくなると言われてるけど、ゲームする人全員がゲームが得意というわけでもないし、こういったゲームが有ったっていいとは思います。
確かに露骨にヒントを与えすぎてしまうのは問題だとは思いますが・・・
しかし、ゲームの攻略を簡単にネットで手に入れることが出来るというのは確かに問題ではあるかも。
ほんとに困ってしまった程度ならいいんだけど、最初からネットで攻略方法を見ながらやるって、単に作業をしてるのと変わらないですからね。
でも記事にあるように、現代社会は時間が限られてしまってる人も多いし、そういうプレイも仕方がないのかもしれないですが。

それと、高橋名人みたいにゲームが上手い有名人が居ないと言ってるけど、あまり目立ってないだけで神的に上手い有名な人も結構います。
完全に今そういう存在の人が居ないわけじゃないです。
ゲームしてる人なら誰でも知ってる有名な人が居ない・・・って言うなら、今の時代、高橋名人みたいにゲームが上手いだけで取り上げるの無理だし、出てこなくて当たり前とも思いますけどね。

それと最後に、ゲームがつまらなくなった理由がゲームの内容の劣化やハード云々と言われてる今日だけど、もちろんそれはあるありますけど、ゲーム自体に興味が無くなった人が多くなってしまったのも原因じゃないかとも思います。
ファミコンやスーファミ、PSやSSなどの時代はゲームがブームだったこともあり、多くの人がゲームに興味を持ってたけど、ブームが去ってしまって見向きしなくなる人も居たと思います(知り合いにそんな人居ましたが・・・)
それと今の世の中、ゲーム以外の娯楽がワンサカあるし、暇ならゲームをやれば良いってだけじゃなくなりましたからね。
そこら辺も、今のゲーム離れや衰退の原因の1つなんじゃないかとも思ってます。
Posted by aru at 2009年02月23日 02:35
>RPGやシュミレーション、アドベンチャーで名人なんか聞いたことがない(当たり前)。

「マイコンBASICマガジン」でアドベンチャーゲームの紹介記事を書いていた、山下章氏をご存じないですか? 昔からのゲーム好きには、そこそこ有名だと思うのですが……。
それから、RPGやSLGなどの思考系ゲームでも、いわゆる「やりこみプレイヤー」のなかには有名な人もいます。あくまでも、RPG好き、SLG好きのなかだけですが。
ただ、高橋名人たちが有名なのは、彼らが宣伝活動としてメディアに多く出ていたから、という側面もあるのではないでしょうか。実際のところ、橋本名人、河野名人のどのへんが「名人」だったのか、僕は覚えていません。
Posted by ウィザードリィ好き at 2009年02月23日 02:36
>RPGだって何だって今のゲームも根本はシンプルだよ
>むしろウィズの方が中身が複雑だと思う

この意見も十分主観的ですし、どうシンプルで複雑なのかの説明もなく音ゲーから飛躍するのはいかがなものかと。

賛成の方は進歩を否定しているわけじゃなく、表現力とゲームをどう両立するか、という点に危惧と可能性を感じているんだと思います。
表現力は目を見張るほど進歩したのだから、次はそれを活かすシステムを熟慮するという点で、昔のゲームから学ぶ事は全く退化ではないです。

むしろ、そういった視点を潰そうとする狭い了見が進歩を停滞させる気がします。
Posted by at 2009年02月23日 05:34
まぁ、そんなぜんじも音ゲー馬鹿にして大変な事になったけどな。
Posted by at 2009年02月23日 20:23
wii買って一番最初に買ったゲームが
スーパーマリオだったなあ…。
Posted by at 2009年02月23日 21:52
お初にお目にかかります。私も少々コメントをば

AがA・Bに、A・BがA・A'・B・Cに・・・と
プレイヤーの感覚とジャンルが細分化しすぎた悲劇ですね
まぁ供給側がその需要に応えていれば何も問題の無い話ですが
今のご時世を考えるとどうしようもない話ですよね
だから銀さんの叫びも管理人さんの気持ちもよく分かります

というかコンテンツ業界全ての問題かなと
一部を除いてどこも似たようなことばっかりです
安定した「それしか作ることが出来ない状態」とでも言いましょうか
どこも閉塞してしまった感が本当に強いです
仕方ないのでしょうが少々悲しいですねぇ
Posted by ほるほるす at 2009年02月24日 00:30
RPGなんかだと、高性能化で恩恵を受けるのはグラフィック面ぐらいですからね、システム面で、高性能化による恩恵が欲しいですよね。
例えば、目の前に開かない扉があったら、今までのようにダンジョンの仕掛けを解くとか、どこぞで鍵を探してくるとかだけではなくて
扉を力技でぶち抜くとか、別の入り口を工事で作り出すとか、そういう選択肢の増加という面で進化してくれるとうれしいなとは思います。
Posted by mitu at 2009年02月24日 01:35
コメ欄読んでて、なんか音ゲーマーはこわい人たちだというのはよくわかりました。
Posted by テトリスで充分 at 2009年02月24日 05:00
ややこしく言えば「アフォードする」ってことでしょうね。
2Dの扉はせいぜい「扉型ブロック」なので、鍵を当てはめれば開くだろうぐらいにしかプレイヤーに感じさせない。
でも3Dの扉は材質感、鍵穴、蝶番といった、いかにも何か出来そうな感覚を伝えてくる。
こういう長所をぜひ生かして欲しいなと思います。

ただ、それが逆に「情報過剰」になって、いかにも出来そうなのに何も出来ない、となっていたら、せっかくのグラフィックも無駄どころかプレイヤーを混乱させる要素にしかならないでしょう。
さらに、出来る事が多すぎて発見できない、把握できないのもまた問題でしょうし。

グラフィックやサウンドの情報量をゲームにどう活かすか、はまだまだ発展途上だと思います。
逸脱しすぎた気がするので、ここらでやめときます。
Posted by at 2009年02月24日 08:52
 私はプレイしていないから、
詳しくは説明できないけど、
上の人がプレイしたがっている
ソフトならすでに発売してるぞ。

http://www.spike.co.jp/oblivion/oblivion_overview.html

 今のゲームソフトに
飽きたと思うなら、自分から洋ゲーとか今までプレイした事がない
ジャンルに手を出せば、いいんじゃないのかな。
Posted by アンコツバキ at 2009年02月24日 14:07
音ゲーこえええ。
Posted by ブラック at 2009年02月25日 01:54
オブリビオンを知らない人はいないでしょ
これの自由度の高さを示す例として「ドミノ倒し」の動画が公表されてたりしますが、あれは逆に「ドミノのコマぐらいにしかアフォードできていない」事を示してると思います。
それだって出来ないよりははるかにましですが、本来の「モノらしさ」を再現できていないからこういう発想が生まれるという1つの限界でもあると思います。

グラフィックが明示する「モノらしさ」とそれを活用したゲームシステムという点では、あれが完成形とは思いません。
むしろ「トゥーンレンダリング」の方が簡潔さと適度なアピールを兼ね備えていて可能性があると感じます。
Posted by at 2009年02月25日 06:09
この記事タイトルになかの人として、自分が感じる事としては、
次世代機が奪ったのは、次世代機の性能に関係ない人の仕事の時間を
奪ったといったトコロでしょうか。

ゲームの芯を作るのが仕事の職種の人が
絵や音にあれこれ指示を出してこねくり回す事に時間を割いてしまっているのが現状です。

雑誌などでよくインタビューを受けて、絵や音にこだわった風な事を言っている人の職種がなんなのかを見ればおのずと答えはわかるかと。
絵も音もあなたの仕事じゃないでしょwっていう。
Posted by なかのひとびと at 2009年02月25日 14:31
>プレイしたい作品がどのハードでリリースされるのか

昔は1本でも…は厳しくても
数本やりたいゲームがあれば
ハードを買ってましたが
今は個人的に経済状況が悪くて…
Posted by MEL at 2009年02月26日 00:51
スーチーパイキャラクターとドラゴンボールキャラクターを戦わせたらどちらが勝つかのコメントを投稿したユーザー、ブロリー溝口です。MUGENの話します、脱衣麻雀ゲーム作品(特にダイナックス製の作品と麻雀狂時代と危機一髪真由美ちゃん)のキャラクターがMUGENのキャラになったら大笑い間違い無しだと思うんですよ。
Posted by ブロリー溝口 at 2009年02月27日 18:45
次世代ハードになって、ようやくまともな空間表現が出来るようになった以上、
その一点をもって全肯定しますね、自分は

FPSやFPAといった一人称ゲームはもとより
TEST DRIVE UNLIMITEDみたいなゲームも2Dで出されたところで面白くも何ともありませんし

性能の生かし方を心得ず、
2Dの頃の文法をそのまま3Dへ持ち込むような不心得者が悪いのでしょう
Posted by at 2009年03月02日 18:34
グラフィックや音楽の質が向上するのは喜ばしいこと。でも、それに頼っちゃうと、果たしてゲームの面白さって何?ってことになる。
3DCGでしか出来ない、それが最も適しているというゲームはあるはずだし、そうした作品を懐古主義でこき下ろすのは間違いだけれど…。
ただ美麗なグラフィックやムービーが入っているからといって、ゲームとして賛美するのも間違っていると思う。
面白さは十人十色といえども、「本当に面白いの?」

ともあれ、想像の余地が皆無に等しくなっているのは確か。ドット絵時代の
“想像する楽しさ”が欠けた分、ゲームの面白味が低くなっているように思う。
Posted by   at 2009年03月05日 00:17
ドット絵にこだわっている人は自分もグラフィックを重視している事を認めようとはしない。
そして、ゲーム性や想像力などという主観的な概念で誤魔化す。
Posted by 774 at 2009年03月05日 00:41
最後の一文が典型的な例になってるね↑
前半は頷けるけど。
ゲーム性を無視したら、それはもうゲームじゃないし、想像する楽しさには十分な客観性があると思うよ。
Posted by   at 2009年03月05日 04:17
プレイしている人が楽しめればいい
楽しければいい
ゲームだから

物事には流れがある
新しい時代を作るのは老人ではない。
Posted by at 2009年03月06日 09:53
想像する楽しみが欲しいなら小説を読むことを強く推す。

意見はごもっともだが、FFの最新作とかを懐古にとりつかれて叩きまくってる奴がとにかく不愉快。
Posted by at 2009年03月07日 17:52
>想像する楽しみが欲しいなら小説を読むことを強く推す。

まさにその通り。
グラフィックが稚拙だった頃のゲームは小説に近いかな。今のゲームは完全に映画ですね。どちらにもそれぞれの魅力がある。
FFはゲームが“小説”だった時代から、とかく映画的手法にこだわってきたシリーズだから、これでいいんだなと思うw。叩くのも賛美するのも、結局は個人的な好みからの意見でしかないし、相手の意見を受け入れる気が毛頭無ければ、何を主張したところで雑音にしかならないですからね。
Posted by   at 2009年03月08日 19:50
見当違いだったら申し訳ないけど
最近のゲーム制作はその自由度の高さがネックになっているんじゃないかと思う。

制作者もゲーム性の高い作品を作ろうとしても、もちろんそれに成功しているメーカーもあるのだろうけど、より高いレベルでの(例えば色素が何千万というバリエーションを持っているとか)内容が可能になったわけだから、アイデアを色々な意味で出しづらくなったんじゃなかろうか。

色々な意味というものの第一にはまず、「頑張って作ればよりよい作品に出来る」というそのごく自然な目標の、その良さの上限が途方もないものになったことから、また他の部門の専門化が進んで部門間のやり取りが取りづらくなったことから、その作品の良さにシステム担当者個人(あるいは集団でも)その個性が試される中で、以前よりその責任が大きくなったっていう風に思う。(よく練られたジャンルをさらに良いものにするという場合はこの限りじゃないけど)。

これはより自由な創造の場ではより個性を出さざるを得ないだろうって考え方でのものだけど、つまりここで言いたいのが、集団で作ってる作品の良さを個人あるいは一担当部門に全部委ねるってわけにはいかない、ってのが現場にあるんじゃないかということです。

面白ければそれで納得させることも出来るんだろうけど、必ずしも面白くなるとは限らないんだし、そうするとやっぱり文字通り見た目からして分かりやすいグラフィックの領域に力が入れられるようになったり、システムは以前からの踏襲か、はたまた高い自由度をもてあまして改悪してしまったり、ということになってしまうということなんじゃないかと思います。

長文すいませんです。みなさんの論議を見ていてつい自分も参加したくなってしまいました。…しかしお堅い文章だw

Posted by ロマサガがやりたくなった at 2009年06月06日 20:57
次世代次世代言ってるけど、今実際グラフィックが強いゲームが片隅に追いやられて、
体感型がどんどん前に出てきているね

グラフィック派も懐古に片足突っ込んでいることは自覚した方がいいと思います
Posted by at 2009年06月13日 22:33
ドット絵でIL-2 Sturmovikが出来るわけないよ〜
RPGが好きな人は何故かFPS TPS RST
を目の敵にしますが話題にすら上がらないフライトシム好きの俺涙目
Posted by AIM-3 at 2009年07月05日 21:00
はじめまして、今さらですが書き込みさせていただきます。
一部感情的な意見も見られますが、広く多くの世代・価値観の方々の正直で真面目な議論はすばらしく、なるほどなぁと楽しく読ませていただきました。

ふうのしんさんは、おそらく私と同世代(FC〜SFC世代)かとお見受けしたのですが、確かにやや近年のゲームに批判的な少し偏った記事になってしまったようですが、とっても気持ちはわかりますよ。ただ否定しているわけじゃなく、ゲームが好きだからこその気持ちで仰っているんだろうと思います。
ご本人も重々わかってらっしゃるでしょうし、改めてつっこむのもくどいんですが、言葉って難しいですね。

私も、おそらくふうのしんさんも、子供で、時間もたっぷりあった多感な時期に熱中した頃の記憶は強く残っていますし、今の自分の価値観の根幹になっているのは間違いないですし、それを基準に考えてしまうのは仕方のないことだと思います。しかし、今の自分の考えをしっかり提示して、いろいろな方々の意見をきちんと聞き、吸収して考え方や価値観を広げていかれている姿勢は素晴らしいと思います。
堅苦しいコメントになっちゃいましたが、これからもレトロゲームへ愛をこめて、自由に感じたことをツッコんでいってください!楽しみにしてます。

長々とトータルの感想を書いてしまいましてすみませんでしたが、記事本編については、個人的には長らくPS・SSで止まっていたのですが、最近新しいゲームもやってみると、ちゃんと面白いものは面白いんだなぁと当たり前のことを改めて感じて、自分も偏見で遠ざけていたのを恥じたという経験をしました。

今はコンピュータの劇的な進化なんかもあって、ゲームもテレビも音楽も、いわゆる自由度が高くなりすぎて選択肢も莫大にありますし、共通の価値観というのは難しいですよね。そういう中だからこそ、どちらからも否定的な意見が出ようが(マンネリ、古い、こんなのは違うとか)大作の続編というのは架け橋として大きな存在価値があると思います。
あとは、かつての「ハードの制約という限界の中でどれだけ美しいグラフィックだったり音楽だったりパターンを表現できるか」といった職人的な挑戦への感動や賞賛という要素も、純粋な憧れを生んでいたと思います(私個人的には)。
要するに、3Dだからダメだ!とかではなくて、適材適所でうまく使ってもらえればよいわけで、まったく必要のないCGムービーや、3D化をすればいいという安易な作品に出会うと悲しい気持ちになるということですかね。
そうなってくるともう作り手側のセンス等の問題になってしまいますが、結局実も蓋もないことを言ってしまうと、昔も今も、素晴らしいゲームもクソゲーもあるし、偏見や先入観で敬遠せずに、純粋に1本のゲームをじっくりプレイしたら、かつてと変わらず愛着も達成感も得られると思います。

長文でまとまりなくなっちゃいましたが、失礼しました。
Posted by ataro at 2009年07月30日 20:58
レトロゲームであろうと最近のゲームであろうと、おもしろいのはおもしろいし、つまらないのはつまらない。

レトロが云々とか、最近のが云々とか、深く考える必要なんてないと思うけどな〜。
Posted by at 2009年11月06日 05:44
管理人の意見や見解ではなく
「懐古」という概念・現象に対して敵意が向けられちゃってる感じ。
Posted by at 2010年08月08日 15:54
最近ドットを崇拝して通ぶってるにわかゆとりが増えてきたなw
ドットドットってグラ至上主義厨がw

ゲームの面白さにグラは関係ないよな
じゃあドットより安く作れるローポリで十分
はい論破
Posted by at 2011年01月26日 10:31
FF13はとうとうムービーよりゲーム本編がつまらなくなった
Posted by at 2011年04月25日 03:05
今のゲームに関しては、3Dアクション、FPSのジャンルが好きかどうかで意見が分かれる
このジャンルが好きな人にとっては今のゲームのほうが楽しいがそうでない人にとっては微妙になる
というのもハードの進化により昔のジャンルが駆逐されてしまったから
Posted by at 2013年12月12日 20:10
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