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2008年08月21日

光栄の歴史を振り返って

光栄の歴史についてのお話。
当時を振り返った場合、とにかく歴史シミュレーション(以下SLG)は光栄の独壇場というイメージが強かった。光栄はアンジェリークやウイニングポストなどの歴史物ではない作品もあるんだけど、歴史SLGのインパクトが強すぎる。前回書いたスライム=ザコじゃないけど、光栄=歴史SLGというイメージが出来上がっちゃってる。ナムコの「三国志」や「独眼竜政宗」も好きだったけどね。

歴史SLGの楽しみはなにか?と考えた場合、歴史どおりに領土を広げて全国制覇を目指すのも1つの楽しみ方だと思う。でも本当の楽しみ方というのは、歴史を自分の手で塗り替えることで自分だけの歴史を作ることにある。自分の行動によってゲーム展開は1プレイごとに変わり、何度でも違った楽しみ方ができるという点も大きな特徴か。自分が大名&君主になって魅力的なキャラクターを配下にして優越感にひたれるというのは楽しい。

私が光栄の歴史SLGを初めてプレイした作品は友達が持っていたFCの「信長の野望・全国版」。第一印象としては数字ばっかりで難しそうだなオイって感じ。その後すぐ発売された三国志は横山光輝三国志にハマっていたこともあり即購入。んでその価格にビックリだったのね。当時のFCソフトってのは大体5千円前後ってところなんだけど、その2倍の約1万円。お年玉前借りでゲットしたんだっけかな確か。SFC時代にソフト価格の高騰は問題になったけど、このころから光栄は強気だったですな。

光栄歴史SLGは、「信長」、「三国志」シリーズが最も有名だけど、その他にも子作りコマンドで衝撃を受けた「蒼き狼と白き牝鹿」や、個人的に大好きな「水滸伝」、幕末の「維新の嵐」、「大航海時代」、「ランペルール」、「提督の決断」などなど、まさに歴史SLGの雄って感じ。


んでは光栄はどういった経緯で成長していったのか調べてみようみたいな。ゲームラボ2001年11月号に詳しく掲載されていたので、面白いところを抜粋させていただき、まとめてみました。


コーエーの歴史

ゲームラボより抜粋


コーエーの創業者は襟川陽一氏の出身地である栃木県足利市は室町時代の将軍家、足利氏の出身地としても知られている。古くから繊維業で栄えたこの地方は、70年代に起きた繊維不況の波をマトモにかぶり、染料問屋を営んでいた襟川氏の実家も1977年に廃業するにいたった。

その後、サラリーマンをしていた襟川氏は家業を継ぎ、染料工業薬品の販売会社「光栄」を設立。奥さんから誕生日プレゼントに贈られたマイコン(パソコンの当時の呼び方)、「MZ−80K」にどっぷりハマり、やがてマイコンソフトの制作、販売に打って出る。


MZ−80K

・・・ここらへんのことは光栄のことが記事になるたびに取り上げられたと書いてあるんですが、まったく知らなかったっす。すいません。光栄はもともと染料工業薬品の販売会社だったんですね。奥さんからマイコンもらってなかったら今のコーエーは存在してなかったのか。ちなみに創業者の襟川陽一氏はシブサワ・コウのこと。「シブサワ・コウ」とは、明治の経済人として名高い「渋沢栄一」と、光栄の「コウ」を合体させたペンネームとのこと。

1977年は一種のマイコン・バブルがふつふつと起こりつつある真っ最中で、いまでは老舗ゲームメーカーの多くも、ちょうどそのころに業界に参入している。無線専門店だったハドソンは同じく1977年にマイコンショップを開店しているし、PC専門誌の草分け的存在「ASCll」の創刊も同じ年である。ゲーム容量が小さかったので、プログラマ1人が徹夜すればソフトが1本完成し、それを原価100円以下のカセットテープに入れて簡単なラッピングをしただけで定価3千円以上にもなってしまうのだ!しかも、まだパソコンショップが全国になかったおかげで、すべて通信販売。つまり、中間の手数料無しで、丸ごと利益が転がり込んだオイシイ商売だったのだ。

私はファミコン世代なのでここらへんのことはまったくわからないんだけど、流通システムが確立されてないが故のオイシイ商売だったってことなんすかね。


現在のコーエーの中核となっている歴史SLGの基礎を築いたのが「川中島の戦い」である。実際の戦国時代の合戦をモデルにして川中島を挟んで武田信玄と上杉謙信が戦うというもの。その後、シブサワ氏は、会社経営SLG「トップマネジメント」(84年)、「狼と白き鹿」(86年)、「三国志」(86年)、「維新の嵐」(89年)まで精力的に手がけてから、若い社員に託してゲーム作りの現場をいったん去ることになる。

シブサワ・コウ氏のデビュー作は「川中島の戦い」という作品らしい。
維新の嵐も結構経ってからプレイしたなあ。幕末マンガといえば、いまなら「銀魂」ですか。世界観は違うけど。ちっと前なら「るろうに剣心」。私の場合は、当時ふうのしん少年に多大な影響を与えた歴史マンガの1つ、「お〜い!竜馬」っす。小山ゆう氏の人を切ったときなどの描写がリアルで死というものを考えるようになったのよね。「横山光輝三国志」や「天地を喰らう」などでも人がバッタバッタ死んでいくけど、それほど悲壮感は感じない。爽快感の方が強いし。

それよりもなにもエロシーンが興奮したもんです。それが災いして、友達が貸してくれっていうので学校で貸したら、エロシーンのところに強烈な折り目がついてたので教室中でバカ笑いされた。女子からは変態扱いされるし、男子からはオナニー男爵とかなんとか。もうボロスカですよ。当時純粋だったふうのしん少年の心は無残にも踏みにじられたのであった。まあいまは笑い話なんだけど。


1998年に発売した大黒柱のPS用「三国志6」は売上が15万本、「アンジェリーク デュエット」は1万本を満たすことができず、この数字が厳しい現実をコーエーに突きつけていた。そこで心気一転するように98年の9月、社名が「光栄」から「コーエー」へと変更される。

社名変更にはこんな経緯があったようです。
私はPC版でプレイしたけど、三国志6の戦闘はリアルタイムに動かせない先行入力型の新しいシステムだったので戸惑いましたね。5の陣形システム方がよかった。アンジェリークはまったく売れていない様子。プレイするのは女の子が多いと思うけど、やっぱ女性ゲーマーは男性に比べ少ないんだよなーと改めて実感。少子化でゲーム業界もそのうち大変になると思うし、女性層をいかに取り込んでいくかというメーカーの戦略が楽しみではあります。


2000年3月4日には次世代ゲーム機戦争を制した覇者、プレステの後継ハードであるプレステ2が発売されたが、ゲーム業界の開発体制が整っていたとは言いがたかった。スクウェアでさえ「FF9」はプレステ用に開発され様子見をしていたのだから、ほかのメーカーの腰が引けるのも無理はない。そこにプレステ2と同時発売タイトルとして「決戦」を投入したコーエーの決断は、30万本を超える売上の形でみごとに報われた。いままで虎の子のように大事に扱ってきた戦国SLGの世界を、大陸的な目もくらむ演出で飾り立て、プレステ2の表現力をいかんなく引き出したのだ。その立役者こそ、あのシブサワ・コウだったのだ。1999年7月9日、「決戦」の発表会において、プロデュ−サーシブサワ・コウがその素顔を報道陣の前に明るみにしたその瞬間、真の意味で新生コーエーが誕生したのだと言えるだろう。

シブサワ・コウ氏は表舞台に姿を現さないことから架空の人物なのではとかいうウワサもあったとか。姿を知らないっていえば鳥山明氏ですかね。・・・関係ないけど。それから先、三国無双とかで大成功するわけやね。



光栄(コーエー)のおもな歩み


1978年7月
栃木県足利市に光栄マイコンシステム設立

1980年12月
パソコンや業務ソフトの開発開始

1981年10月
エンターテインメントの企画・開発・販売開始
「川中島の合戦」、「投資ゲーム」発表

1983年3月
「信長の野望」発売

1985年12月
歴史SLG3部作「信長の野望」「蒼き狼と白き牝鹿」「三国志」完成

1987年12月
「信長の野望・全国版」日本ソフトバンク年間売れ筋総合ランキング第1位受賞

1989年
1月
海外進出の第一歩としてアメリカ・カリフォルニア州に現地法人「KOEI Corp.」を設立

3月
「三国志」月刊ログインBHS大賞(読者が選ぶ年間TOP20)第1位受賞

12月
「信長の野望・全国版」日本ソフトバンク年間売れ筋総合ランキング第1位受賞

1990年4月
「信長の野望 戦国群雄伝」月刊ログインBHS大賞受賞、その他各賞受賞

1991年
4月
「三国志2」月刊ログインBHS大賞受賞、MSXマガジンBH9大賞、その他各賞受賞

9月
スーパーファミコン用ソフトの発売開始

1993年
3月
「三国志3」日本ソフトウェア大賞、ポプコム大賞受賞

11月
東京証券取引所市場第2部に株式上場

1996年
4月
セガサターン用ソフトの発売開始

9月
プレイステーション用ソフトの発売開始

1997年4月
ニンテンドウ64用ソフトの発売開始。新自社ビル施工、本社を川崎市に移転

1998年
9月
社名を「光栄」から「コーエー」に変更

10月
ネットワークゲーム「信長の野望internet」発売

1999年7月
シブサワ・コウが「決戦」の製作発表会において始めて公の場に現れる

2000年3月
東京証券取引所市場第1部に株式上場

2001年10月
「真・三国無双2」発売2週間で約40万本の売り上げを達成




おまけ

戦国時代の性処理は?
閉話休題より抜粋

いつ命を落とすやもしれぬ極限状態にいる彼らは、時を惜しむようにセックスしまくっていたに違いない。それは間違いないのだが、その相手は女性ではなく野郎だった。その時代、女性は子供(とくに男の子)を作るためのものとしか思われていなかったため、よく男性が性処理に使われていたのだという。敵は武器で突き刺し、味方は己の武器で突いていたのである。ちなみに、エロい表情をしていることを「にやける」というが、その語源はここにある。ホモの対象である若衆は「若気(にやけ)」と言われており、そこから「にやにや」とか「にやける」という言葉が出来たという話だ。

これは素直に勉強になりました。



毛利元就〜絶倫の恥将軍〜
知将、毛利元就。彼は大変精力が強かった。生涯に12人の子供を作っていて、しかも最後の子供をこしらえたのは71歳だったというから驚きである。おそらく、彼はこの時代から精力剤となる漢方薬を作っていたに違いない。毛利元就といえば「三本の訓」を説いた話が有名だが、本当は、「1本のチンコでは女をイカせることはできなくても、3本あればそれができるかもしれない」と話していたという説もある。

・・・ホントかよ


松平忠直〜江戸時代の鬼畜野郎〜
越前の二代目藩主、松平忠直。彼は恐ろしい鬼畜野郎だったという話がある。大阪夏の陣で大活躍しておきながら、お上からもらった褒美は茶道具1つだけ。さらに、本来ならば三代将軍になるはずの血筋にありながら、大名どまりという不運が続いた。名門生まれの彼としてはプライドが引き裂かれ、頭も体も乱れていったのだろう。そしてついには家臣の嫁さんを勝手に奪って犯すわ、領地の人を意味もなく殺すわ、妊婦のお腹を引き裂いて愛人に見せて楽しむわ、猟奇マンガのような鬼畜プレイを楽しんでいたという。

信ぴょう性がどこまであるのかはわからないけど、本当に鬼畜ですな。
全然関係ないけど、恋姫無双の水滸伝バージョンを作って欲しい。梁山泊の108人、全て女性である。まさに酒池肉林状態になるだろうなー。あ、男女逆転の法則で一丈青は男になるのか。


おしまい
posted by ふうのしん at 12:43 | Comment(8) | TrackBack(0) | 光栄の歴史を振り返ってみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんだかんだいっても光栄=三国志、ノブヤボのイメージは強いですよね。
私は漫画横山三国志を読んで、三国志にどっぷりはまりSFC三国志3をやったのが始まりですかねw
シリーズの中では私も5が好きですね。戦闘が面白いし、なにより一番とっつきやすい作品だと思います。
個人的に厳白虎や徹里吉なんかから始めて強敵に立ち向かうプレイが好きですw
Posted by すかぽかーん at 2008年08月23日 00:51
>恋姫無双の水滸伝バージョンを作って欲しい

アイレムの四月バカネタ「ドキドキ水滸伝」じゃないですか、それ(笑)
Posted by 岡安真砂 at 2008年08月23日 01:31
せっかくだから大航海時代も特集して欲しいな

だって「プレステ」が・・・
(2遊んだ人にしかわからんネタですまない)
Posted by リヒテル at 2008年08月23日 14:59
>すかぽかーんさん
3もハマったですなあ。
戦闘システムだけなら5が最高ですなあ。BGMだけなら2が好きでしたね。おっしゃるとおり、弱小君主でプレイするところに魅力を感じたり(笑)。んで君主自体の魅力が低すぎて武将を登用できないみたいなwww

>岡安真砂さん
なんと!すでにネタあったんすか!衝撃っす。知らなかったっす。ドキドキ水滸伝っすか。・・・やられました(笑)

>リヒテルさん
大航海時代も人気あったんすよね・・・すんません、私未プレイなんすよ。ネタが解らないので恐縮ですが、友達で好きなやつがいたので聞いてみます。
Posted by ふうのしん at 2008年08月23日 18:11
太閤は?
太閤立志伝の話題は?
Posted by at 2008年08月27日 18:54
はじめまして。
光栄の初期のゲームって異色ぞろいですよ。
ゴキブリ退治をテーマにしたゲーム。
トイレットペーパーがウ×コに追っかけられるゲーム。
有名ですが、ストロベリーポルノといわれるエロ関係・・・
パソコンゲーム初期の光栄は市場を手探り状態だったのかもしれません。
 また、その当時は、流通システムが確立されてないゆえ、光栄もソフトショップを直接経営していたみたいです。ゲームの説明なんかに直接、ソフト開発者の方や襟川社長自らが店頭で接客したり、電話応対していたようです。
Posted by M_t at 2008年09月02日 11:38
「川中島の合戦」もそうですが、同時期に「新撰組(内容は池田屋襲撃をテーマにしたモノ)」「ホイホイ(ゴキブリvs人間のゲーム」「トラ・トラ・トラ(第二次世界大戦の真珠湾攻撃をテーマにしたゲーム)」と何個かシミュレーションゲーム出してたのは覚えてます。

ちなみに黒歴史と言われてる「団地妻の誘惑(コンドー○を売る営業サラリーマンのゲーム。”パソリン(倫)カット”と言う名言を残した。パッケージの主人公のモデルが笑福亭鶴光。)」の前に1本、「ナイトライフ」と言うオギノ式をグラフ化させて安全日・危険日をシミュレートする実用化ソフトを出してたりする。
Posted by at 2008年10月05日 14:50
 歴史SLGのイメージが大変強いですが、最近でもホイホイやもんすたあれえす、野球ゲームなんかも出してますよ。帝国ホテルの料理レシピなんかもあったけど、他のメーカーの物真似は他メーカーもやってるのでコーエーは独自の路線という金脈を狙って欲しいですね。版権キャラものだけは絶対出さないでね。
太閤は私も好きです。
Posted by at 2008年10月08日 10:44
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